地味な監察がもたらした情報は、やはりろくでもなかった。
「また、かぶき町で騒ぎが」
こちらを窺うようにゆっくりと言った山崎はやけに落ち着いていた。まるで俺が次に何を言うかわかっている、というような顔である。
──実際、わかっているのだろうが。
だから俺も敢えてゆっくりと火をつけたばかりの煙草を指で挟み、口から離してから肺に溜まった汚れた空気を吐き出した。
「攘夷浪士が関わってる可能性は」
「ありません」
「そうか」
じゃあ関係ねえ、と吐き捨てて書類に向き直る。だがまた山崎が下がる気配がない。なんだ、と問うと万事屋の旦那たちが、とまた不自然に言葉を切った。万事屋の旦那、その言葉を頭の中で何度か反芻した。
「山崎」
「はい」
「下がれ、首を突っ込むな」
「わかってますよ」
その口調に苛立ちはしたが、それをぶつける気にはならなかった。もう一度、下がれ、と言った。少し呆れたような雰囲気を背中に感じながら山崎は音もなく部屋を去った。完全に足音が消えてから持っていた万年筆を投げようと振り上げた腕を止めた。少し息が上がっていた。ドク、ドク、ドク、と心臓がうるさい。米神に伝ってくる汗もうざったかった。何より、動揺してしまった自分が許せなかった。いつの間にか詰めていた息を吐き出す。
(何をしてるんだ俺は)
そう我に返ると、ゆっくりと腕を下ろし頭に手を入れてぐしゃぐしゃと掻いた。あの男はまだ闘っているのだろうか。誰を守り、誰に背中を守られているのか。
「ちくしょう」
その呟きは誰にも聞き咎められることなく虚無に吸い込まれていった。
どうやら、嫌なときに思考は似ているらしく、会いたくないと思ってたときに、やつとばったりと出くわした。
「……よぉ」
「………ああ」
いや、ああってお前、と銀時が呆れたように言ったが、呆れたいのは俺の方だ、と黒いアンダーシャツの下から包帯が見えたが、視線を合わせたくはなかった。
「どうしたの、今日は」
銀時が肩に腕を回してきて、思わずその手を振り払った。銀時は少し眉をひそめたが、相変わらずお堅ェこって、と茶化すように笑った。それを俺はうるせえ、と遮った。
「誰が見てるかわかんねェとこでそういうことすんのやめろ」
本当は触られたくなかっただけだ。だがそれを言うのも憚られ、在り来たりな理由で避けた。嘘ではないのだ。ただ第一の理由でないだけであって。
「ふうん」
すべてを見透かしたような声と目でこちらを見ているが、視線を合わせなかった。横を向いて寛いで煙草を吸っているポーズをとった。強がらないと、どこからかボロが出てしまいそうだ。胸の、腹の奥からドロリとしたものが溢れ出てきそうな感情が行き場をなくしている。
「──…おい」
「あ?」
「こっち見ろよ」
「は、ちょっ…お、」
反論する前に無理矢理引っ張られ、押し戻そうとする前に素早く唇が触れた。思わず後退り、逃げを打つが、なかなか逃げられず息が苦しくなってきた辺りで銀時が離れた。カッとして銀時の頬を打ったが、罪悪感は感じなかった。ただ、純粋に目の前の男が憎かった。
「──…ふざけんな」
「……土方?」
俺ばっかり振り回しやがって、という言葉が口をついて出そうになる。あまりにも醜い自分が嫌になりそうだ。だが頭の中を巡る思考は止まりそうになかった。自分だけ知ったような、好き勝手生きているような顔しやがって、俺が動けないのをわかっていて、手が届かないところで死にかける、そんなやつなんだ、お前は。
「俺はお前の背中は守らない」
「…………」
それで俺が何にこんなに激昂しているのかわかったのだろう、一瞬にして真面目な顔になる。
「お前に背中を任せることもねェ。俺とお前じゃ戦う場所だって違う」
何を言ってるんだろうか自分は。こんなことをわざわざ言って、どうしたいのだろうか。こんな馬鹿げたこと言っている自分と、それを聞いてる銀時が、ひどく倒錯的だと思った。
「てめえが簡単にくたばるようなやつじゃねェことくらいわかってるが、死ぬんなら俺の管轄外にしてくれ」
それは本音だった。こいつの死体を処理するなんて、考えただけでも面倒だ。
「……大丈夫だよ」
そこでようやく、銀時が口を挟んだ。
「死なねーよ」
死なない。そのたった一言で、本当にこいつは死なないような気がしてきた。
「俺には、護らなきゃいけねーやつらがいるからな」
護らなきゃいけないやつら。その中に俺が入れたら、どれだけ楽だったろうか。だが、どれだけ苦痛だろうか、重荷になるということは。
「ほれ、行くぞ」
そう言われて銀時は身を翻して歩き出した。広い背中。あの背中に俺は自分の背中を合わせられない。護ることも許されない。
誰よりも遠くて誰よりも傷だらけの背中、俺は触ることすら出来ないのだ。
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背中を合わせて戦えない苦しみを
妄想してみました←
うちの土方はごちゃごちゃ考えすぎ。
もっとサバサバしたのが書きたいです泣