夢番地
別に昔したことやり直したい、と思ったことはなかった。
今までは。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出したが、いくら経っても動悸が治まる気がしない。
内通者だった隊士を斬った。それだけの話なのに。
近藤さんが、ただ可愛がっていただけで、…俺を慕っていた、というポーズを取っていただけ、なのに。
昔愛していた一番隊隊長の姉や、嫌いではなかったあの陰険な参謀だった二人の顔が浮かんでは消えた。
どこからやりなおせばいいのか。
後悔はしないつもりだったのに。
昨日に夢を託せばそれは後悔だ。
だからと言って前向きに夢を見るというつもりもない。
──でも、今日のこの瞬間に、夢を託すのは何になる?
なにも、わからない。
ゆっくりと煙草をくわえ、何も考えないように目を閉じた。
考えないことは、うずくまり、閉じ籠っているのと同意義なんだろうか。
夜明けはもうすぐだ、早く明けてしまえばいい。
そしたらこんな陰鬱な気分もなかったことになるのに。
だが、『明日』を待っても結局来るのは『今日』なことは、土方は嫌というほど、わかっていた。
こんなことは、初めて人を斬った日以来だった。
****夢番地****
「……だからね!俺は未来のために今こんな辛い思いをしてるんだと思うのね!って聞いてる銀さん!?」
「あーハイハイ聞いてるよ」
長谷川さんの話を聞き流してはいたが、未来のために今がある、というのにひっかかった。
馬鹿馬鹿しい。
どんな過去だったとしても、あの過去があったら今ここに自分がいるのではないか。
いわば今ここにいるこの自分が未来の自分でもあるのだ。
「長谷川さんよォ、下らねーこと言ってねェで…」
呑もうぜ、と続けようとした口が思わず止まり、横目に見えた人物を振り仰ぐ。
「悪ィ、俺帰るわ」
「はっ?ちょっと銀さん!?」
長谷川さんの声を聞き流し今店を出ていったヤツを追う。
ある角を曲がったところで、大きな橋にそいつは立っていた。
「いたんなら声掛けてよ」
「何で俺が」
土方が不快そうな顔をして反論した。確かに、土方が銀時に声を掛ける義務も、こいつを追ってくる必要性もなかったが。
「つれないねェ、副長さんは」
「今日は非番だ」
確かに、いつもの隊服ではなく黒い着流し姿だった。
「呑んでた割りには、酔ってなさそうだけど」
「酔ってねェんじゃねェ、」
酔えなかっただけだ。その言葉は呑み込んだが、果たしてこいつに伝わったのだろうか。
「………うち来る?」
不意に聞こえた言葉に、一瞬眉をひそめたが、それはこいつなりの優しさか。
「てめえは、」
「ん?」
「気楽そうでいいな」
やはり酔っているのだろうか、いつも言わないようなことばかり口につく。
俺も人を斬らない人生を歩めたら、今からでもいいから。
「気楽そうでいいな」
その言葉にどんな意味があったのか、銀時にはわかってしまったが、こういうときはどうしよう、と考えた。
土方は俺が羨ましいのか、と漠然と考えた。
今まで良い人生を歩んできた自信もあるわけがなかった。
だが、俺は誰かの夢の上に立ち、誰かの夢を叶えているんだ、と思った。
そしてこの土方もきっと同じである、と言いたかった。だが、それを言える間柄でもない。
「やっぱやめた、ホテル行こう」
「はぁ?」
土方がバカか、と悪態を吐いた。
「そんな気分じゃねェよ」
「いいから行こうぜ」
無理矢理手を引っ張ると、案外土方は大人しくなる。
一番近い安いホテルに入ると土方は諦めたようにベットに緩慢な動きで座った。
「今日は気分がノらねェ」
「俺だってヤる気はないさ」
「はあ?」
じゃあ何で、というような顔だ。
「今日は朝まで抱き締めて寝てやろうと思って」
そう言うと、呆気にとられたような表情をし、吹き出した。
「くだんねェ」
嫌ではなさそうだから銀時はさっさとベットに入り、土方を強く抱き締め勢いよく倒れた。うわっ、という声が聞こえたが、いきなり眠気が襲い、こいつも早く寝付けるといい、と思った。
無理矢理ベットに引きずり込まれしばらくしたら銀時の寝息が頭の上から聞こえた。頑張って銀時の胸元から這い出て恐る恐る背中に手を回す。
銀時の暖かさが伝わってきた。
バカは俺だ、と内心思い、なんだか申し訳ない気持ちになった。
どうせ俺はこいつにはなれない。だが、誰かの願いだって叶えている。
悩んでただ明日を待っていた自分が小さく感じ、少し笑えた。
こいつがいるなら、明日だって迎えに行けるような気がする。──…本人は口が裂けても言わないが。
過去のミツバや伊東に悪い、謝った。
もう後悔なんてしない。
身体全体に温もりを感じながら、これからはずっと一緒だ、と目を瞑った。
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こんなに二人がデレるつもりじゃなかった…
RAD×土受の企画サイト、ばらばら!
への提出作品です。
夢番地要素どこいった!
fin.
2012/1/21初出