お互い、口に出すような奴じゃない。
言ったら言ったで今のこの関係は完璧に壊れる。名前もないような、大人の戻れなくなってしまった関係。
…わかっちゃァいるが。
「──匿え」
白い顔とスカーフに血を浴びたこの傲慢な言い方をする男に、俺は何を言えようか。
「どうしてオメーはこういう時だけ来んのかね」
「あ?便利屋だろ、言われなくても金くらい払うが」
「や、便利屋じゃねェし万事屋なんですけど」
「変わらねェだろ」
「いや、じゃあそれ言うならオメーらただのチンピラだぞ」
あ、それよりタチ悪ィか。
そう独り言のように言うと男──土方はしゅる、と血にまみれたスカーフを解いた。銀時はそれを見て眉を寄せて目を背けた。
「外にいんのか」
「いるわけねェだろ」
聞くまでもないことを聞くな、とでもいう風に土方はこちらに一瞥もせずに即答した。
そう、聞くまでもないことを聞いた。
本来ならば副長であるこいつが前線を離れてこんなとこに来るわけがない。そして目の前の男は相当不機嫌である。ならば自分が取るべき行動は。
「風呂でも入りますか、副長サン?」
嫌みったらしく言葉を投げた。それに乗っかるように土方も「そのなめた口調やめやがれ」と悪態を吐いた。
少しよたりはしたものの、土方は自分の足で歩き開きっぱなしの襖から風呂場へと向かった。
その足音を聞きながら銀時は思考に沈んだ。さて、彼は何を望んでいるのか。
しばらくして、土方は風呂から上がってきた。
「なんだ、着替え置いといたのに」
「すぐ帰るからいらねェ」
血腥い隊服を纏い、オメーはどこへ向かってるんだ、と問いたくなる。この隙を見せない男はいくら汚れようと前しか見ないのだ。
「邪魔したな」
そう言うと土方は身体を翻し、玄関に向かう。銀時は思わず手を伸ばし、土方の手を掴んだ。
「──…何すんだ」
「まだ夜は明けねェよ」
土方は少し解らなそうな顔をし、ひっそりと息を吐いた。それはまさしく誘い文句だった。
「…ガキがいんだろ」
「まァ、アイツは起きねェよ、それに…」
オメーが声出さなきゃいんだよ、と引き寄せて耳に囁くとアホか、と呆れた声が聞こえた。
「そういう問題じゃねェんだよ」
「問題とか考えんなよ」
ぐっ、と腰を抱く手に力を込めた。抵抗がないところ、この拒否も儀式的なものに過ぎない。さっきの理解できない、という顔もポーズであることはわかりきっていた。ただ自分のためだけ。自分のためにポーズをとり、こちらも表面上だけ受け取ったフリをする。それがいつもの二人だ。目だけで土方を求める。何も考えず、流されちまえ。
土方がふと表情を緩めた。
「ハッ、血にあてられたか」
「そうかもな、オメーが俺の着流し着てたらもっと興奮したのにな」
「ふざけんな、あんな趣味の悪いモン…っ、」
売り言葉に買い言葉、何の感情も籠らないやりとりを口で塞いだ。
そのまま性急にソファになだれ込み、土方はゆっくりと全身から力を抜いた。
力が抜けた土方の首筋に銀時が噛みついたのが合図となった。
「──…さみィな」
思わず溢してしまった言葉に、土方は何も答えなかった。彼は静かに格子から外を見ていた。銀時も身なりを整え、格子に近づく。
外を見ている土方をちらりと見る。月明かりが一層彼の顔を青白く、美しく見せた。
不意に、あぁ俺はこいつに惚れてる、と感じた。この曲がらず全てを解ったように寛ぐこいつに、どうしようもなく。
伝えたら、どういう顔をするのだろう。きっとバカらしい、と冗談にしてしまうのだろう。
そう、お互い口に出すような奴じゃないのだ。
このまま返すのも惜しい。
そう思った時、土方が何かを言いたそうな顔をして振り向いた。
そして土方が自分と同じことを思っていることを悟った。
振り返る隣の君
(まったく、妙なところで俺たちは似ていやがる)
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爛れた関係ってすき。
できれば余裕ありそうだけど隠すのが精一杯な二人希望←