流れ星には願わない | ナノ



高校生になるといるんだと思う、とりあえず彼女欲しいなって思う男の子が。わたしもそんなおそらくお猿さんのような安直な脳みその男の子に捕まってしまっていた。

「だからさ、」
「うん」
「付き合ってよ、俺と」
「ごめん、なさい」

高校に入ってから初めてのことではなかったが、努めていかにも申し訳なさそうな表情と声色で断っては見たものの、名前も知らない彼はそう簡単にはいかないタイプのようだった。変わった目の色に危険を感じたわたしは一歩たじろぐ。

「好きなやつでもいんの」
「いない、けど、」
「ああ、影山か」
「え、」

身に覚えもないことにただただ目を丸くした。確かに教室では席が隣だからよく話をしているし、彼のせいで部活も同じになった。何より、そんなに気を遣わなくてもいいのだと気が付いてからは他の女子といるよりも楽だったから、移動教室やご飯もたまにいっしょにすることだってある。女子のグループの子に勘繰られもするが、部活のことを話していたんだと言えば大変だねと労ってもくれる。何故が頭をぐるぐるめぐる。だって、ともだちだもん。いっしょにお話も、するよ。

「あいつを追ってマネージャーはじめたんだろ」

もう付き合ってるってわけか、男子がわたしの腕を掴んだ。まずい。そう思ったものの、男の子の力の前ではわたしに何ができるわけでもない、助けを呼ぶくらいしか。お昼休みの体育館の裏手、声は届かない。わたしは唇をぎりりと噛んだ。それでも、誤解されたまま、ただ大人しくしているのは耐えられなかった。

「ちがう、」
「は、」
「ちがうって言ってんの」

男の子は目を丸くする。どうやら本当にそうだと思い込んでいたみたいで、もしかしたらこれで誤解が解けて解放されるかもしれない。そう思った矢先、彼がため息まじりに言う。

「なあんだ、じゃあマネージャーはじめたのは全く違う理由なんだね」
「うーん、ほぼ無理矢理やるってことにされたの」
「そうだよね、じゃなきゃみょうじさんもバレーみたいな球遊びしないよね」

耳を疑うと同時に怒りが湧き上がった。

「球遊び、ってなに」
「え、だってほら俺もバスケやってたしやっぱりバスケの方がかっこいいだろ」

バレーはユニフォームもさ、なんていうの、ださいし。いまいち外から見ていて迫力に欠けるというか、ね。彼がぺらぺらと饒舌に語る。そんなことがあるもんか。わたしはこの間の土曜日にすごい試合を目撃したのだ。そんなことはないと胸を張って言える。

「そんなことないよ」
「そうかな、実際影山はひょろひょろだし、」
「人の悪口やめて」
「あはは、何いい子ぶってんの、やっぱ影山のこと、」

再び腕を掴まれた。もう、黙って嘘をつけない馬鹿正直な自分が嫌になる。ぶんっと振り払うとそれに気を悪くした男の子はもう一方の手を振りかざして、

「ねえ、何してんの」
「わ、」

その手は空を切った。憎らしい長身に、色素の薄そうなショートヘアーと、知的さを醸し出す黒ぶちの眼鏡。月島くんに、まさか助けられるだなんて。ぱちりと瞬きをした。

「だいじょうぶ、おなまえ」
「え、おなまえって、」
「怖かっただろ」

名前を呼ばれたかと思ったら、ふわりと抱きしめられる。ここでやっと演技なんだと気付いたわたしは鈍感なのだろう。合わせて、と囁かれる。ジャージ姿の彼の後ろに、いつもいるはずの山口くんはいなかった。あまり筋肉質に見えない彼の身体は思っていたよりずっとしっかりしていて、わたしは彼の胸元に頭をこつんと当てたまま背中に腕を回した。心臓が、どくんと高鳴った。

「こわかった、」
「よしよし」
「な、なんだお前!」
「勘違いしないでね、君」

月島くんはわたしの頭を胸元にぐっと押し付けながら言葉を紡ぐ。前が見えない。少し息苦しい。制汗剤と洗剤の混ざったような柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。

「この子は、おなまえは影山の彼女じゃないんだよ」
「は、」
「俺のだ」

何言ってんだと怒号を飛ばす男子に背を向ける形でわたしも同じことを思っていた。少し距離を取ろうと月島くんを押し返したがびくともしない。わたしの身体はそのまま彼の胸板に押し付けられる。自分でも何を思ったのか、わたしは彼の背中に手を回した。月島くんの肩が僅かにぴくんと揺れたのが分かった。

「こわいよ、早く行こうつっきー」
「つ、ああ行こうかおなまえ」

ぱちりと目が合う。驚くことに彼の頬は少し赤らんでいて、わたしの胸は驚きともつかない感情でとくんと弾んだ。特に演技をするつもりもなく、身体を離した月島くんの腕に自分の腕を絡めた。横目に見上げる耳も赤くて、なんだか無性にかわいいなと思ってしまった。あの男子はもう追ってはこなかった。

「お前つっきーって、」
「月島くんの名前知らないもん」
「蛍だよ、け、い」
「へえ、じゃあつっきーって呼ぶね」
「なんだよそれ」
「おなまえって呼んでいいよ」

男の子が追って来る様子は依然としてなかったから、わたしはするりと腕を離した。つっきー意外といい人なんだねと言うと、おなまえ意外とモテるんだなと鼻で笑われた。意外ととはなんだ、意外ととは。ぼこん、言い返したわたしの頭にバレーボールが飛んできた。

「あれ、ボール」
「僕のクラス、次体育館だから」
「へえ、そう、へえ」

にこにこ笑いながら何度も頷く。

「そうなんだ、つっきー」
「なんだよその目は」
「まっすぐがんばる日向くんを馬鹿にしてたつっきーが、ひたむきに練習してたの」

そういうの、素敵だよ。ぽんぽんとつっきーの高い位置にある肩を叩いてから、ありがとうつっきーと言い残して踵を返す。つっきーって、なんかいい響き。最初にあんなことを言ってしまったが故に、つっきーには今更気を遣ったところで取り返しはつかないと個人的に思っているから、影山くん同様、楽ちんな相手だ。身体を包む温もりを少しだけ思い出しながら、教室への道を急いだ。心なしかほっぺたが熱かった。ふう。

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