流れ星には願わない | ナノ



「マネージャーになってくれ」

ひゅっ、息を飲んだ。

「勝ったんだ、頼みは聞けよ」
「お、おお、マネージャー、」

影山くんの隣で彼よりだいぶ小さな男の子、確か日向くんが、こちらをちらちらと見ながら感嘆の声を上げた。それは、困る。わたしはあからさまに眉をしかめて首を傾げる。

「わたしバレー詳しくないの」
「教えてやるよ」
「体育でしかしたこともないの」
「全くないわけじゃねえな」
「お世話するの得意じゃないの」
「子守じゃねえんだから」
「人見知りだから不安なの」
「俺がいるだろ」
「それにね、」

いくつ理由を述べたら分かってもらえるのだろうか。いや、どんな言い訳をしたら諦めてくれるのだろうか。そんなこと思いながら、わたしはいかにも困っていますというように眉尻を下げる。何を思ったのか、影山くんは安心しろと言い残して、キャプテンさんのところへ向かう。それを目で追ってからはあ、とため息をつく。ぱちり、日向くんという男の子とぱちりと目が合う。

「困っちゃった」
「影山自己チューだもんな」
「あはは、そうだね」
「でも、」

日向くんは少し俯いた。

「俺も、マネージャーやってほしい」

わたしは目を丸くした。あの試合を見て、正直、このチームのためにマネージャーとして奮闘するのも悪くないんじゃないかとも思ってしまった。ブロックを置いていくトスワーク、それを可能にするブロックを躱す身体能力とバネ、シャットアウトする壁のような高いブロック、安定したレシーブに力強いスパイク。わたしはバレーの試合にここまで魅入ったのははじめてだった。










何事においてもだが、負けるのは嫌いだ。負けているのを見るのも嫌いだ。情けない姿も泣き顔も醜いところも見せたくない。バレーを知らないわたしからして、目の前にいる彼らは少し、少しだが、情けなかった。月島くんとやらに良いように言われている彼らは不甲斐なかった。どうして同じ相手に苛立っているもの同士、手を組めないのか。チーム間の声かけも満足に出来ないのか。挙げ句の果てには揉め出す有様だ。これまでどういうチームにいたのか。チームワークという言葉を彼らは知っているのだろうか。

「あのさ、」

わたしは思わず立ち上がる。

「仲良くなくても仲間だと思えなくても、チームを組んだからには協力するんだよ」

そりゃあ、出会ったばかりの彼らが仲良くするのも仲間意識を持つのも簡単なことだとは思わない。だけど、そんな協調性のないただのガキにチームスポーツは向かない。チームの中にいる他人のことを思いやるのが、チームメイトのすることだ。お互いの良さを知ろうとすることからはじめて、ようやくチームになるのだ。それができなければ上手いチームプレイは生まれないし、チームと呼ぶことすら相応しくない。

「バレーがしたいんでしょ」

一瞬にしてしんと静まった体育館に、わたしははっとした。すいません、と小さく謝ってから、そのままさっきまでと同じように椅子に座った。マネージャーさんがわたしの肩をぽんと叩いた。

「そうだ」

少し間が空いて、キャプテンさんが口を開く。

「お前ら、勝ちたいんだろ」

影山くんと日向くんが顔を見合わせる。急に立ち上がって物申してしまうだなんて、恥ずかしい。ふう、わたしは肩を縮こめてため息をついた。熱くなると思ったことを黙っていられなくなるところ、直したいと思う。ああ、とりあえず早く帰りたい。恥ずかしいこの場から逃げ出してしまいたい。











「かっこよかったよ、すごく」

色素の薄い髪をした先輩がやってくる。なんでそんなことしてしまったのか、思い返して頭を抱えたくなる。物怖じしないところ、向いてると思うけどな。そう彼が付け加える。怖いもの知らずはイコール向こう見ずだ。それはサポートする側としては間違いなく不向きだと思える。マネジメントする側に要されるのはどちらかというと冷静な判断力の方だろう。

「なんだ、やっぱりやってくれるのか」
「え、」

影山くんとキャプテンがいっしょにやってくる。そっか、よかったよかった。清水に月曜から色々教えてもらえよ。やる気出るっスね!頭上で先輩方の言葉が一斉に飛び交う。ぐるぐる目が回る思いで声のする方を見回す。誰がそんなことを言ったんだ。ふと、影山くんとぱっちり目が合う。彼がにやりと笑う。もうとっくに引き返せないところまで来てしまっているらしかった。わたしは一人冷静に、もう一度周りを見渡す。

「頼んだぞ、マネージャー」

キャプテンに頭を軽く撫でられる。もう引き返せないのだろうと思うと不思議と覚悟ができるのか、わたしは息を吸い込んだ。

「みょうじおなまえです、これからよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる。わあっと歓声が上がり拍手が湧く。今まで触っていたボールより一回り小さいカラフルなボールが、ころんと床に転がる。彼らがわたしの平穏で適当でつまらない高校生活を奪うことは目に見えていた。だけど少し、それが嬉しかった。中学では、無駄な三年間を過ごしたと思った。結果的に気の乗らないスポーツ推薦が得られたこと以外、実りのないものだったと思った。努力の割りに報われていないんじゃないかと嘆きたくなることばかりだった。ここで、そのリベンジをしよう。彼らを自分の青春の再現に利用してしまうようで良くないが、少しでも長くコートに君臨してやろう。わたしは今度こそ、負けない。

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