流れ星には願わない | ナノ



「影山くんだっけ、おはよう」
「ああ、おはようみょうじ」

二日目の朝、隣の席の彼に挨拶をする。人と距離を取ろうとしそうな鋭い目つきをしている彼は、どうやらわたしの名前を覚えていてくれたらしい。初対面に等しいわたしにさん付けをしないことに一瞬驚いた。わたしの見る目が無かったのか、もしくは彼は目つきが悪いだけなのだろう。思ったよりずっと感じの良い人なのかもしれない。そしてとても背が高い。わたしは思わず彼をぐっと見上げた。バスケットをしていたが160センチないわたしは、背が高い彼が少しだけ、いや、かなり妬ましい。

「みょうじの手、」
「て、」
「バレーに向いてる」

ああ、わたしは笑う。

「よく言われる」
「そうなのか」
「うん、バスケやってたときも指長いからいいねって言われたよ」

ボールをしっかり掴めるから。そう言うと影山くんはへえ、と目を大きくしてわたしの手をまじまじと見つめる。綺麗だな。呟いたその様子が少し面白くて、腕を伸ばして目の前で手をぐーぱーさせた。続けるのか。彼が口を開いてわたしに尋ねる。

「バスケ」
「え、」
「高校でもやるのか」

当然というように彼は聞いてくる。

「ううん」

わたしは首を振る。中学時代の感受性の豊かなあの時代の苦い思い出たちが、頭の中を縦横無尽に走り回る。ぐるり、ぐるり。土足で心の中を踏み荒らして周りながら、わたしの頭を混乱させる。そんなことをなんとか無視して、努めて明るく言葉を紡ぐ。

「烏野にはないし、女バス」

何を勘違いしたのか、影山くんの表情が曇る。まさか入学してから女バスがないことに気が付いたとでも思っているのだろうか。そんなドジは踏まない。わたしは女バスがないからこそ、ここに来たのだ。他の誰かが努力している姿なんて見たくない。視界の片隅にも入れたいとは思わない。できるものなら体育でもプレイしたくない。そのくらいの思いがわたしにはある。そのくらい大きなコンプレックスとなってわたしにのしかかってきている。彼のように鈍い人は好きじゃない。まあ、そもそも出会ったばかりの他人に何が分かるわけのだというところだが。

「あ、わりい」
「ううん」

影山くんはバレーなんだね。背、高いもんね。向いてるね。わたしはそう言ってから前を向いた。キーンコーンカーンコーン、中学より少し高い音のチャイムが鳴る。それと同時くらいに担任が入ってくる。わたしの手を褒めた影山くんの手もすごく大きいし、指も長い。あんたみたいな恵まれているやつ、むかつくの。ふとそんなことを思って顔を俯けて唇を噛んだ。悔しい。体格に恵まれているというだけで、こうも悔しいものなのか。

「ええ、では昨日言った通り、今日は早速自己紹介をしようか」

慣れた様子でいかにも楽しそうな声を出す教師の言葉に倣って、出席番号一番の子が立つ。ここは小学校か、さもなくば幼稚園だ。あやすように言葉を発する教師の方には目もくれず、苛立ちを抑える。ぎりっと拳を握る。出席番号が一番の子は名前と出身中学や好きなもの、趣味を述べてゆく。発言者の方を見ている隣の影山くんは、きっと当たり障りの無い履歴の次にバレーのことを話すのだろう。凛とした横顔だ。困った。わたしにはもう、好きなものも趣味もない。語れることなど一つも無いのだ。彼のその前を見る瞳が、輝いていて憎らしくも思えた。

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