流れ星には願わない | ナノ



いわゆるイケメンってやつが好きでないわけではない。長身も好きではないが、それだけでスタイルがよく見えるのは事実だ。かっこよければ目の保養になるし背が高ければスタイルが良く見えるから、同じ性格なら彼氏の顔やスタイルはかっこいい方がいいのかもしれない。ただ、自分はかっこいいのだと鼻にかけている人は別だ。そこのところ、わたしの隣に座っている菅原さんは本当に素敵だと思う。

「わー!田中先輩ナイス!」
「ナイス田中!」
「日向くんナイスフェイント!」
「いいぞ日向!もう一回!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐわたしたちの隣で同じように声を上げる菅原さんをちらりと見た。青葉城西が提示した影山くんを出すという条件、わたしは正直納得できなかった。だってこのチームは、これまで菅原さんや大地さんたち三年生と田中さんたち二年生で作り上げてきたチームだ。だって、こんなの、

「どうしたの、おなまえちゃん」
「おかしいなと思って」
「へ、」

え、顔に何かついてるってこと、ねえ!俺ってどこかおかしいの!とあわあわしながら菅原さんはわたしを覗き込む。新しく作り上げていくことはもちろんだけど、今の状況では根本を蔑ろにしているとも言えるだろう。そもそも足りていない。だって今のこのチームは一年生を抜いたら、いや、いたとしても本当に足りないところだらけだ。ピンチサーバーやピンチブロッカーはともかく、リベロは、エースと呼べる人は。

「わ、決まった!」
「行け行け日向くん!」

はっとしてわたしは声を上げた。でも、楽しい。チームスポーツって、こんなに楽しいものだっただろうか。思わず立ち上がっていた。それを微笑んだ潔子さんにさり気なく制されて大人しく座った途端、黄色い声が響いた。

「きゃー!及川さん!」
「及川さんが来たわよ!」
「おいかわ、」

わたしは首を傾げた。菅原さんを見上げる。正セッターだよ、と眉間にしわを寄せたまま言われてわたしは雑誌に載っていたオイカワトオルの文字を思い出す。それにしても女の子の声援が、なんというか、ものすごく熱い。

「アイドルみたいですね」
「はは、そうだな」
「菅原さんのがかっこいい」
「え、」

ぽんっと赤くなる菅原さんを横目にちらりとオイカワトオルを見る。アップしますだの何だのと言っているオイカワトオルと目が合う。鼻筋が通っているきれいな顔をしていた。その彼が一瞬目を丸くした。わたしはすっと目を逸らす。そのまましばらくじとっとした視線を感じたが、そんなことは知らんぷりをしてそのまま応援を続けた。すごい。今度はつっきーと影山くんのブロックだ。

「ナイスブロックつっきー!影山くん!」
「君さ、」

ベンチの後ろを通るオイカワトオルがわたしの肩に触れた。びくんと肩が揺れる。その反応に彼はくすりと笑う。くるりと振り返ると、わたしの異変に気付いたらしい菅原さんも振り返る。

「ふふっ、かわいい」

彼はそのまま小走りで通り過ぎて行った。ぶわっと顔に熱が灯り、わたしは両手で顔を抑えた。なんだあの人は、キザなのか。わたしは首を傾げて菅原さんと目を合わせた。







俺たちはまだまだだ。試合が終わって、ぽつりと言った大地さんの言葉にわたしも頷いた。水道から流れる水はまだ冷たい。及川さんはあのあと、わたしたちに素晴らしいサーブを見せつけた。最初から彼が出ていたら勝てたかどうか。いや、サーブだけであのやられようだ。勝てなかっただろう。わたしは唇を噛む。最後のボトルを洗い終えて、わたしはふうとため息をついた。

「やあ、マネージャーさん」

振り返るとオイカワトオルがいた。わたしはまた何かされるんじゃ、からかわれるんじゃないかと警戒して一歩後ろに下がる。その様子を見た彼は一瞬目を丸くしてから笑う。

「本当におもしろいね」
「なにがですか」
「その警戒心の強いところとかさ」

本当にかわいいよ、どうにかしたくなっちゃうね。はははと笑った彼はとんでもないことを口にする。からかわれているのだろうけど、じりじりと詰め寄る彼の様子からはいまいち冗談だと断言するのが阻まれる。そしてわたしの防衛本能が、この人は危険だと告げる。

「名前は、」
「わたしですか」
「君以外だれがいるの」
「う、えっと、みょうじです」
「名前は、」
「おなまえです」
「おなまえちゃんね」

オイカワトオルがにっこり笑う。俺の名前は及川徹。徹って呼んでもいいよ。彼の言葉にはい、と適当に相槌をうつと、バレていたのか、なかなか冷たいなと突っ込まれる。

「飛雄とは、どう」
「仲良くさせていただいてますよ、同じクラスですし」
「へえ、つまんないの」

及川さんはため息をつく。国見さん同様、あまり仲が良くなかったのだろうか。わたしは首を傾げる。及川さんは指の長い大きな手のひらで、わたしが片付けていたボトルをひとつ掴んだ。む、と顔を上げると及川さんはにこりと笑う。

「俺、あいつみたいな天才嫌い」
「え、」
「人の気も知らないで、淡々と力つけて、今度はチームメイトにもマネージャーにも恵まれていやがる」
「及川さん、」
「才能とかそういうのさ、」

吐き気がするんだよね。及川さんはボトルをべこべこへこませながら言う。

「ほんと、素質は見ていて感じるよ」
「素質、」
「飛雄や他の奴のそれを見ていると、いかに自分に持ち合わせた才能がないか理解するんだよ」

だから俺はここ止まりになっているんだ。そう言った及川さんがバスケをしていた頃の自分と重なった。驚いた。サーブを見ただけだけど、それでも感じた。こんなにも上手い人がそんなことを言うだなんて。余程の努力をしてきたのだろう。追いつき追い越されそうになる後輩に脅威を感じながら、敵わない同級生に劣等感すら抱きながら。軽そうな話し方や雰囲気から、勝手に背が高いっていう理由でバレーをはじめた適当な人だと思っていた。少しサーブが上手くてちょっと顔が整っている、軟派で女の子が好きなちゃらんぽらんな人なのだと思っていた。わたし、最低だ。

「及川さん、」
「え、え、おなまえちゃん、涙声だけど、」

どうしたのおなまえちゃん、悲しいの、痛いの、ねえ。及川さんが心配そうにわたしの背中を撫でる。思い出すのはバスケをしていた頃の自分で、伸びない身長とたくましくならない身体に涙を飲んでいた。勉強でもそうだけれど、ある程度を超えると、その先は才能のある人しか踏み込めない境地のようなモノがあって、わたしはその山とも壁とも谷ともつかない何かを越えよう越えようと、日々戦っていた。うまくいかない日々の荒みは、わたしにも分かる。

「及川さんのこと、勝手にちゃらんぽらんだと思ってて、ごめんなさ、い」

急にかわいいとかからかってくるから、わたし警戒しちゃって。彼の身体を自分から離すように押しながら言う。しかし彼の力には敵わず、一向に引こうとしない身体を押し退けることはできなかった。それどころか髪をすくように撫でてくる。

「そんなこと思ってたんだ、おなまえちゃん」

はははと笑いながらわたしの身体を包む。ぴくんと身体が揺れたけど、それを押しとどめるかのようにして及川さんは腕に力を入れた。きゅうっと身体が縮こまる。はじめて男の子に抱きしめられたわけでもないのに、力強さに圧倒されてわたしの思考は鈍くなっていた。同情したからだ、彼の境遇に。分かってはいるのに割り切れない。きっとそれが今でもわたしの大半を占めているからなのだろう。辛くてもどかしい思いが痛いほど分かる。

「どうしたんだよおなまえ、」
「は、なして、及川さん」
「みょうじ、」
「影山くん!」

視界に黒い姿を捉えたわたしは、緩んだ及川さんの腕からするりと抜けた。影山くんに駆け寄ってその影に隠れようとすると、彼はわたしの肩を抱いた。また心臓がどくんと跳ねる。

「こいつにちょっかい出すのは、やめてもらえますか」

ぎろりと影山くんは及川さんん睨む。少しむっとした及川さんがこちらへ近づきながら、ジャージのポケットに手を入れる。そこから出てきた紙切れ一枚をわたしに渡そうと手を伸ばした。影山くんがわたしの肩を抱く手に力がこもる。及川さんとぱちりと目が合う。彼がにっこりと笑う。わたしは手を伸ばして、その紙を受け取る。

「連絡先、これを渡したかっただけだったんだけどね」

思ったよりおなまえちゃんが可愛くって、つい遊びたくなっちゃってさ。そう言った及川さんは踵を返す。手のひらをひらりと振る。何なんだあの人は、ときっとわたしと影山くんは同じことを思いながら目を合わせた。

「平気か」
「うん、ありがとう」

わたしは及川さんにもらったメモをポケットに入れてから、ボトルを抱えた。お前は取り込まれやすいんじゃないかと影山くんはため息まじりに言う。ともだちを作るのが得意なんだよ。国見くんていう子とも少しだけお話したよ。そう言うと影山くんはまたため息をついた。その夜、わたしは及川さんに電話をしようとして、やめた。だけどその次の日の夜、結局わたしは彼と20分ほど会話をした。一日おくところが憎いね、なんて言われたから、それは計算済みだと伝えると及川さん笑った。またいつか、今度はきちんと及川さんの努力の賜物のプレイをしっかりと拝みたいと思った。負けないでほしい、と少しだけ思ってしまった。

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