流れ星には願わない | ナノ



「お、いい匂い」

すん、と夜久さんが受け取ったTシャツの匂いを嗅いだ。朝一番で取り込んだ洗濯物は、朝日を浴びてからっと乾いていた。わたしは烏野と音駒のものが混ざらないように注意しながら、両校の分を持って行った。本当だ、と大地さんもTシャツに軽く顔を埋めた。

「柔軟剤ですかね」
「へえ、さすが」
「洗濯うまい女子っていいな」
「洗濯に下手とかあるのかよ」
「ほら、シワシワだったり嫌な臭いがついてたり」

いくら洗剤が良くなっていってもな、夜久さんはそう言って笑った。大地さんや菅原さんはもちろんだけど、夜久さんは落ち着いていて先輩っていう感じがする。黒尾さんや木兎さんももちろん先輩だけど、彼らにはそんなに年の差を感じることはない。軽口を叩いているからだろうか。しっかり者なんだろうなと思って、わたしも微笑んだ。

「本当、助かるぜ」

夜久さんはため息をついた。

「犬岡や芝山はいいんだよ」
「はあ、」
「リエーフのドリンクなんて、悪いけど飲めたもんじゃないからな」

夜久さんは身震いした。確かリエーフは高校からはじめたと言っていたし、勝手が分かっていないのだろう。容易に想像できるリエーフの失態にわたしは失笑した。よかったよ本当、と夜久さんはまたため息をつく。夜久さんたちレギュラーの人からも、そう思ってもらえるかもしれない。でもそれよりもっと控えの、というかわたしのしている仕事をしていた一年生の芝山くんたちはもっと感謝の意を示してくれた。

「芝山くんたちが練習できる時間も増えましたしね」

いつも行くたびに頭下げてくれて、逆に申し訳ないような気がします。わたしはそう言って苦笑いした。彼らは洗面台で顔を洗って歯を磨いた帰りらしかった。ふわりとミントの香りがした。

「確かに、そこが一番大きいな」
「新しい選手が育つってもんだな」

大地さんと夜久さんは顔を見合わせて頷いた。なんだか上に立つ人達らしい会話だなと思って、わたしはただ感心していた。朝ごはんまでにはまだ時間がある。他の高校のマネージャーさんもそうだけど、やっちゃんもまだ寝ている。

「お二人は朝早いんですね」
「そうか」
「みんなギリギリだからな」
「そろそろ起こすか」
「そうだな」

じゃあまたあとで、と大地さんと夜久さんは踵を返した。わたしはぺこりと頭を下げる。わたしはどうしようか。寝汗もかいているだろうし、朝から汗でべたついた身体では気持ちが悪い。枕を変えると寝られないとはよく言ったもので、昨日から寝つきがかなり悪かったからだろうか。二日目のそれは、わたしの身体に結構なダメージを与えてくれている。だからどうってわけでもないが。一度気になってしまえば、汗拭きシートや制汗剤ではどうにもならない不快感に思える。時間もある。シャワーを浴びようか。








「あれ、」

わたしは首を傾げた。新しい下着持ってきたはずなのに。どうしよう、部屋にあるならまだいい。だけどもしかしたら、廊下に落としてしまったのではないか。焦ってタオルやジャージを広げてみるもののそこにはない。しまった。さあっと血の気が引いた。とりあえず身体の水気を拭き取る。そして胸元をバスタオルで隠して、廊下を覗きみようとシャワールームから出て扉に手をかけた。がちゃり、扉が開く。

「え、」

まだ、手に力を入れていない。ぱちりと目が合う。それが誰なのかを認識する前に、自分の今の格好を思い出した。開いた扉にわたしは目を丸くして、慌てて背を向けて座り込んだ。きゃあ!という可愛い声なんて出なかった。わたしははっと息を吸い込んでから、黙って小さくなった。羞恥から自分の膝の上に顔をぎゅっと押し付ける。ばたん!大きな音がして扉が閉まる。

「すまん!」

扉の向こうから声が聞こえる。わたしは丸くした背中のまま、顔だけそちらに向ける。よく考えたら、バスタオルを抱いていた前側より背中を見せた方が、扉の向こうの誰かに相手に見られる素肌の面積は増えるというのに。わたしは聞き覚えのある声を認識して、バスタオルをぐるっと胸元から巻いて立ち上がる。がちゃっ、と5センチくらい扉を開ける。

「大地さん、」
「悪い!そういうつもりはなくて、」

真っ赤な顔を背けたまま、大地さんは言った。わたしは何だか恥ずかしくなってきて、少し扉の隙間を狭くした。大地さんは隙間からタオルをずいっと入れ込んでくる。昨日洗ったばかりで、さっき渡した物だった。わたしは意味が分からず受け取るのを渋った。

「いいから受け取って、ごめん」

わたしは恐る恐るそれを手に取る。その瞬間ばたん!と扉は閉まった。ぱさり、タオルの間から何かが落ちる。先程必死で探していたそれは、わたしの足元に落ちた。再びわたしは青ざめる。わざわざタオルに包んで渡してくれるだなんて、大地さんはなんて優しいんだろう。もう目を合わせて話せない。恥ずかしさというよりは、無駄に気を遣わせしまった申し訳なさでいっぱいだった。わたしはすっかり肩を落として、拾ってもらった下着を身につけジャージを着る。 ふう、とため息をついて扉を開けた。そろそろみんな起きる時間だろうか。がちゃり。

「わ、」
「悪かった、みょうじ!」

扉を開けると、そこには顔を赤くした大地さんがいた。わたしはばっと頭を下げた大地さんに面食らって後ずさってから、慌ててその肩に片手を触れる。頭を下げられることなんてない。そもそも彼はシャワールームの個室をノックしようとしたかもしれないのに、半裸でその外に出ていたのはわたしなのだ。

「すまん!言い訳になるかもしれないけど、見る気はなくて!」
「いやそんな、わたしこそ!」

あんなもの拾わせてしまって!わたしはぶんぶんともう片一方の手を振った。彼は頭を上げようとはしなかった。わたしは慌てて両手をばたつかせる。流したはずの汗が、またわたしの背中を伝った気がした。

「全然気にしてません!」

ほら、見られたからって減るものじゃないって言うじゃないですか!それにわたしちゃんと隠してたから、見えてないの分かってます!そうまくしたてると、やっと大地さんはゆっくりと顔を上げた。

「助かりました」
「そ、そうか」
「シャワー浴びたのに下着替えられないの辛いから」

わたしはぺこりと頭を下げる。

「けど、」

大地さんは斜め下を見つめるようにしながら、何かを言い淀んだ。彼の頬はまだ赤い。そんなに気にしなくてもいいのに。本当に、わたしの方こそ申し訳ない。でも、そっか。一見大人に見える大地さんもこういう場面では照れたりするんだ。大人の余裕、というか先輩の威厳というものの存在が見えなくなるときもあるんだ。そう考えたら少し安心して、ふうとため息をついた。

「でも、」

大地さんは口を開いた。

「あんな小さい背中でがんばってたんだなって、ちょっと思った」

わたしはぴたりと動きを止めた。大地さんを見上げると、彼は頬を染めたまま真面目な顔をしてわたしを見つめていた。小さい背中、か。わたしの背中は、あなた達のように大きくはならない。それでも、きっとこの小さな背中に、様々なことを任せ切ってもらえるようになる日がくるはずだ。いつかそのときがくるまで、負けられない。その日が来たら尚、負けてはいられない。思いつめたようだったのだろうか、わたしの顔を見た大地さんは苦笑いをした。

「無理すんなよ」

重いもの背負いすぎて、潰れちまわないようにな。大地さんはわたしの頭をぽんっと撫でた。わたしはしっかりと地を踏みしめた。そんなにわたしは頼りないのかと、近頃よく思うんだ。どうしたら安心して任せてもらえるのかと、いつも眠りに就く前に考える。どうしてわたしは他人を心配させてしまうのだろう。背中が小さければ手で支えればいい。腰が折れてしまいそうなら足に力を入れたらいい。前が見えなくなったら手探りで進めばいい。腕に力が入らないのなら身体で押し退ければいい。足が痛ければ這ってでも進む。靴擦れをしたのなら靴を捨てて裸足で歩くし、穴の空いた傘なんて邪魔だから捨ててやる。ここは、そういう場所じゃないのか。

「ありがとうございます」

わたしはそう言って小さく笑う。大地さんは笑って、彼が小さいと言ったその背中を撫でた。大きな手だな、と感じてしまうその背中は、やはり彼が言うように小さいのかもしれない。わたしはぐっと唇を噛んだ。

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