流れ星に願った | ナノ



彼女ができました。

「及川さん、」

物心ついてから好きになった誰よりもがんばり屋で真面目な子だ。中学生になってから付き合った誰よりも会う頻度は少ないような多忙な子だ。高校に入ってから付き合った誰よりも特別着飾らずとも、すっぴんであってもかわいくて魅力的な子だ。そして、俺はこれまで出会った誰より一番この子が好きだ。

「なあに、おなまえちゃん」

俺は背後に立っておなまえちゃんの腰に手を回した。少し顔を背けて身じろぐ彼女が可愛くて、その肩に頭を乗せた。普段はマネージャーとして走り回って仕事をこなして強がってはいるけれど、俺の前でだけは女の子の顔でいてほしい。烏野のためじゃなく、俺のためだけにそこにいてほしい。すん、と息を吸うと、香水の匂いではない優しい香りがした。おなまえが肩をすくめた。

「くすぐったい、」
「ふうん」
「ひ、やめてくださいっ」

首元に唇を寄せるとおなまえちゃんは少し身体を引いた。そこまで嫌がっているわけではないと理解しつつも、俺は大人しく顔を上げて彼女を抱きしめた。例えて言うなら、彼女はケーキの上のイチゴのようなものだ。本音を言えば、誰かに奪われて食べられてしまう前に先に食べてしまうのが得策だと思う。だけど、俺は最後までとっておきたい。大切に触れて、大切に愛でたい。おなまえちゃんは俺の腕をぎゅっと握った。

「今日は部活どうだったの」
「みんな張り切ってるよ」
「おなまえは」
「わたしもがんばってきたよ」

俺が手を緩めると、彼女はくるりと振り返って俺の背中に腕を回す。俺の胸に顔をうずめる。月曜日の夜、そのくらいしか俺たちは会えない。付き合ってからこれまでの期間、数える程しか会っていない。無理にお互いの都合をつけてまで会おうとはしない。おなまえにはおなまえの仕事があるし、俺には俺のするべき練習がある。そこにはお互い口を出さないし、邪魔もしない。それはどちらが言うまでもなく暗黙の了解としていたことで、そこがまた彼女らしくて好きだ。お互いを高め合えるような関係は理想的だ。

「及川さん休みだったんでしょ」
「うん、まあね」
「休みが合ったらいいのに」
「え、」

俺の声におなまえは顔を上げた。

「おなまえちゃんがそんなこと言ってくれるだなんて思わなかったから」

びっくりしちゃったよ。俺がそう言うと、おなまえは少し照れたように顔を赤くしてから、俺の胸にこつんと額を当てた。きっと好きなのは俺だけで、ずっといっしょにいられたらと思っているのも俺だけで、おなまえはそこまで俺に対して執着はないものだと思っていた。

「言わないだけだよ」
「そう、なの」
「いつも思ってます」

もっといっしょにいたいなって、そう言ったおなまえの頭を抱え込むように抱きしめた。なんて愛おしいんだ、この子は。彼女は俺の背中に回した手にぎゅっと力を込めた。

「なんで言わないの」
「言えるわけないじゃないですか」

ゆっくり身体を離すと、彼女は俺を見上げて言った。言えばいいのに。それが可能かどうかはまた別として、俺は彼女のそういったわがままを聞きたいしできるものなら叶えてやりたい。好きな女の子のお願いなんだ、喜んでその願いを叶えようとするのが男だろう。だってわたし、とおなまえちゃんは真っ赤なほっぺたをしたまま顔をそらしながら言う。

「がんばってる及川さんが好きだから」

ああ、もう。

「おなまえっ、」

俺はおなまえをぎゅっと抱きしめた。小さな身体が俺の腕の中で戸惑っていた。またゆっくり身体を離すと、彼女は離れろと言わんばかりに俺の身体をぐいっと押した。

「もう、やだよ及川さん」
「え!なんで!」
「どきどきしておかしくなっちゃうから、やめて」

及川さんは慣れてるかもしれないけどわたしは照れちゃうよ、とおなまえは俯いた。なんて可愛いんだ、この子は。正直、おなまえが俺を選ぶとは思わなかった。仲のいい飛雄や優しそうな爽やかくんや、やけに彼女を気にしていたあのメガネくんを選ぶのだろうと思った。俺は対戦校になり得るチームの選手だし、ちゃらんぽらんそうだと言われてしまっていた。そこらの女の子のようにミーハーでもなければ俺のファンでもない彼女に、結構なスキンシップをとったりもした。それでも、その彼女は今は俺の目の前にいる。

「おなまえ、」

俺はおなまえの頬に手を添えた。彼女は大人しくその手に従って俺を見上げる。少し顔を近づけてゆく。じっと唇を見つめると、彼女はゆっくりと目を伏せて同じように俺の唇を見つめた。そしてそのままゆっくりと唇が重なる。柔らかい。夢にまで見たその行為に俺の胸は高鳴った。ちゅっと唇をついばむように軽く吸うと、おなまえはぴくんと肩を揺らした。どこまで可愛いんだ、この子は。俺は名残を惜しみながら、ゆっくりと唇を離した。

「おなまえちゃんだけじゃないよ、どきどきしてるのは」

俺の言葉におなまえちゃんは眉を垂らして笑った。健全な高校生の男の子としては、そのまま唇をこじ開けてその舌を貪りたいという願望もあった。このまま押し倒してしまいたいと思わなくもない。だけど、彼女はイチゴだ。俺は最後まで残しておいてゆっくりそれを味わいたい。それはいろんなおなまえをゆっくり知っていきたいというのもあるし、急ぐ理由もないのだと分かっているからだ。そんな交わりがなくても彼女といる時間は楽しいし、むしろ隣に並んで話をしていることの方が幸せなのかもしれない。いろんなおなまえをもっともっと知りたいし、俺のことも知ってほしい。本当に彼女を愛してるから、そう思う。

「及川さん、」
「なあに、おなまえ」
「徹って呼んでも、いい」

俺は目を見開く。そして大きく頷いた。そして俺はまたおなまえをぎゅっと抱きしめた。

「と、る」
「おなまえ、大好き、」
「徹、」
「愛してる」
「そんなこと、軽々しく言わないで」

口に出したら出しただけ軽くなっちゃう気がして嫌です。おなまえはそう言ってふいっと顔をそらした。頬のピンク色はチークなんかじゃないはずだ。そんな固いところも、残念ながら俺は愛してる。俺はふっと笑って彼女の顔をこちらに向かせた。

「本当だよ」
「わたしも、」
「うん」
「わたしも徹のこと、好きだよ」
「うん」
「愛、してる」

たどたどしくそう言ったおなまえに、俺はまた口付けた。唇を離して額と額を合わせると、彼女は目を閉ざしたままにっこりと笑った。ああ、こんな時間がいつまでも続けばいいのに。なかなか会えないし、お互い守るものもあるし、思った通りの付き合いはきっとこれからもできないけれど、そんな俺をも支えてくれる彼女のことを精一杯守って愛していきたいと思った。薄く目を開いた彼女が自ら俺の唇にその唇を押し付けるものだから、この先まで進んでしまおうかと思ってしまった。おなまえは悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。思わず俺は息を飲んだ。俺の我慢の見せ所か、それとも我慢しなくてもいいというメッセージか。俺はもう一度彼女の唇に触れた。

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