流れ星に願った | ナノ



「あれ、」

見知ったような後ろ姿を見つけた。二・三度会っただけだが、烏野の制服をまとったあの後ろ姿は間違いなく、彼女だ。俺は小走りでその後ろ姿を追った。

「おなまえ、」

くるり、その後ろ姿が振り返る。

「ああ、国見くん」

こんなところで会うなんてね、とおなまえは朗らかに笑う。部活のない月曜日の授業後、僕は新しくサポーターを買い直そうとスポーツショップに来ていた。ばったり出会った彼女の手にはショッピングカートがあって、そのカゴの中にはテーピングやらドリンクの粉やら湿布やら新しいボトルのケースやらが入っていた。制服姿にショッピングカートという不釣り合いな様子なのに堂々としていて、それがやけに様になっていた。俺は少し感心した。

「買い出しなんだ」
「うん、そうなの」
「練習はないの」
「買ったら戻るよ」

だから急がないと、とおなまえは意気込んでいた。だけどよくわかんなくて、と彼女は苦笑いした。俺はそのおなまえの隣に立つ。彼女は俺をじっと見上げた。

「なに」
「聞いてもいいかな」

彼女は小さく首を傾げた。俺はこくりと頷いて一歩おなまえに近づく。

「滑り止めのしゅーってやつは、」
「それは急ぎじゃないなら冬でいいよ、夏は湿気で滑らないだろ」
「テーピングは、」
「固いのはこっちの太過ぎないこれの方ががよく使うよ」
「エアサロンパスは、」
「これでいいでしょ」

おなまえの絶え間ない質問に俺は迅速に答えてゆく。彼女は納得したのか、物をカゴの中から出し入れしながらどんどん質問を投げかける。ああ、この子は頭の回転が速いんだな。俺はそんなことを思いながら、質問を終えて黙々と手を動かす彼女の弱々しくもたくましい横顔を眺めた。一瞬手を止めたかと思った彼女は、すぐにはっとして俺の方を向く。

「ありがとう」
「あ、うん」

彼女はにっこりと笑う。何か大切なことを聞き忘れたのかと思っていた俺は、その表情と言葉に面食らった。いつかボトルケースを持ってあげたときと同じようなぱっと晴れた笑顔だった。太陽というには小さくて、月というには堅実な彼女はまるでどこかで光る一番星のようだった。言うなれば北極星、そんなところだろうか。きっといつでもぶれない彼女は道しるべとなり、俺らにその道を進むことへの安心感をもたらすのだろう。

「大変だね」
「そうでもないよ」
「楽しいの、マネージャー業」
「うん、すごく」
「ふうん」

素っ気ない俺の返事に彼女は特に気分を害する様子もなく、へらりと笑っていた。確かにかわいい。笑顔には癒されるし、ひとつのことに必死になったときの集中力は群を抜いている。そのときの表情がまた何とも言えず愛らしい。及川さんが彼女をやけに構う理由は理解できる。だか、正直なところ、俺は彼女がよく分からない。

「なんで」

彼女は影山と同じ、俺とは違ったいつでもガムシャラな人間だ。選手ならそれも分かるが、如何せんマネージャーだ。そして高校生活最後だからという三年生ではなく、チームに入りたての一年生だ。おなまえは俺の言葉に首を傾げた。俺にはよく分からない。どうして彼女がそこまで必死になるのか、なれるのか。

「どうしてそんなにがんばるの」

おなまえは一瞬目を丸くしてから、小さく笑った。俺はその様子を見て、また疑問符を浮かべた。

「理由かあ」

おなまえは少し困ったように笑った。

「みんなが好きだからかな」

そういうことを恥ずかし気もなく言えるところ、すごいと思う。彼女はあれ、違うかな。でも好きなのは本当だから違わないか。と呟いて、こくりと頷いた。俺はさっきと変わらぬトーンで、ふうんと相槌をうった。おなまえは俺が答えるその様子を少し眉を垂らして見ていた。

「国見くんはさ、」
「うん」
「落ち着いてるんだね」

おなまえは小首を傾げて俺を見上げた。カールした上向きのまつ毛がくるんと上がり、彼女は俺を見つめた。きれいな手の爪は短めに切りそろえられていた。一度も染めたことがないであろう黒髪のキューティクルは光っていて、スカートから伸びる脚は健康的だった。清潔感の溢れる佇まいで彼女は俺を見上げた。

「おなまえは熱血漢が好きそうだね」
「っていうよりがんばってる人かな」
「熱くがんばってる人か」
「うん」

間髪入れずに彼女は頷いた。俺は表情を変えずに、ああ、俺なんて眼中にないんだろうなと思った。及川さんや俺ではなく、岩泉さんのような人が好きなのだろう。決してさぼっているわけではないが、ペース配分というものがある。俺は日頃からそれを大切にしている。それは周りから見たら怠惰に思えるかもしれない。でも、と、 おなまえは口を開く。

「見えないところも見てるよ」

岩泉さんがキャプテンの分も苦労してるのは分かる。だけど、及川さんが必死にがんばってるってことも言葉の節々から伝わるし、影山くんがそれを必死で追ってきたのも分かる。おなまえは淡々と言葉を紡いでゆく。右手で左耳に髪をかける仕草を俺は黙って見つめた。

「国見くんは、最後までテンポを保ってるじゃない」

その場限りで必死なことだけが全てで、努力していることになるとは思わないし。彼女は口を結んで、自分の言葉にうんと頷いた。そして彼女はサポーターを物色しはじめる。単純に感心した。よく人のことを見てるのだなと思った。俺の反応をたいして気にしていない様子の彼女は、膝用のサポーターを見比べてから俺を見た。今度は何を知りたいのだ。俺は彼女の隣に並ぶ。一人前に人のことを観察するくせに、冷静に分析をしてみせるくせに、その立派さと反した小さい身体を俺は見下ろした。

「国見くん国見くん、」
「はいはい」
「これはさ、」

隣に立った俺におなまえはすっと寄り添う。半袖から覗く素肌が触れて、思わず緊張してしまった。彼女はそんなことを知ってか知らずか、さらにこちらに首を傾けた。ああ、この様子だと気にしてないんだろうな。自分の胸元をぎゅっと掴み、高鳴った胸の鼓動を抑えながら俺は頷いた。抱いた疑問をそのままぶつけてくる素直な様子が微笑ましい。彼女は俺をまっすぐに見上げる。ふと、おなまえは俺の顔を見て首を傾げた。

「どうしたの」
「え、」
「苦しいの」

俺は何も気がついていないおなまえを見下ろして、小さく笑った。

「うん、苦しいよ」

おなまえはその言葉を聞いた瞬間、眉をしかめて俺の胸元に手を当てた。焦ったような表情を浮かべた。こんな顔をさせたのは他でもない俺自身なのに、本気で心配をしてくれる様子があまりにも痛々しくて俺は身体に触れるその腕を握った。そんな風に心配されたら、本当に苦しくなってしまうじゃないか。

「国見くん、」

おなまえは困った顔をしたまま首を傾げた。ああ、こんなところ及川さんに見られたら何を言われるだろう。だけど今だけは、と思い、俺は彼女の腕を握る手のひらに少し力を加えた。ぎゅっと握るとおなまえは何か感じ取ったのか、俺の背中をぽんっと叩いた。何なんだこの子は。俺はそう思って思わず笑みをこぼした。おなまえは一瞬目を丸くしてから、その笑みの意味を理解したのか同じように笑った。

「もう、心配しちゃった」

及川さんすいません。あなたの気持ちが分かったので、俺は彼女を譲ることはできません。

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