流れ星に願った | ナノ



お盆、烏野バレー部の僕たちにも休みがある。僕が思いを寄せている彼女は、休みも尚マネージャー魂を発揮して、東京で行われる全日本のバレーボールの試合を見に行くと言い出した。そこは良いんだ。彼女はバレーが好きな熱心なマネージャー、そういうことなのだろう。ただ、問題は僕の頭の中でにやりと笑う髪をツンツンとさせたあの人だ。

「黒尾さんがね、東京でやる全日本の試合のチケットがあるって言うの」

音駒のみんながもらったらしいんだけど、行かない子もいるから来ないかって。そう彼女は言って、きらきらと目を輝かせた。そんな顔をされたら、行くなだなんて言えるはずがない。どうして黒尾さんはおなまえを誘ったのか。そんなもの、黒尾さんがおなまえのことを好きだからに決まっている。あの態度はそうに決まっている。彼女は鈍いから気付いていないだろうけど。万が一黒尾さんとおなまえが二人で、なんて言うことになったら。そんなことは許せない。そもそもおなまえにはその気はないようで、みんなと会えるの楽しみだなあとにこにこしていた。本当に純粋で可愛いやつだ。

「僕も行く」
「え、」
「僕もいっしょに行くよ」
「うん、行こう」
「え、」
「え、」

一言目には嫌だと言われるかと思っていたおなまえが即答したことに、僕は声を上げた。なに、行きたいんじゃないのとおなまえは首を傾げる。僕は頷いた。仙台駅から東京までの長旅、盆の期間中だから新幹線も混みはするだろうけれど、彼女となら問題ない。

「たのしみだね」

何の気なしに彼女はそういうのだ。僕や黒尾さんの思いなど知らずに、気にもせずに。はあ、やってられない。









「研磨さん!」
「おなまえ、来たんだ」

混んでたでしょ、新幹線。そう言った孤爪さんにおなまえは大きく頷いた。彼が僕に気付いてこちらに視線を向ける。僕は軽く会釈をした。おなまえはその後ろから駆けてくる犬岡や灰羽にぶんぶんと手を振る。奴らは二人してぴょんと跳ねる。彼女の姿を見つけてあからさまに喜ぶ彼らを見て、おなまえもまた両手を広げて喜んだ。満面の笑みを浮かべる彼女は、灰羽と犬岡に詰めよられながらも彼らの背中をぽんぽんっと叩いた。僕は彼女の手を引いた。これだから、いつも心配なんだ。おなまえと二人はぱっと僕を見る。

「ちょっとはしゃぎすぎでしょ」
「つっきーもはしゃぎたいの」
「誰もそんなこと言ってない」
「照れ屋なんだから」
「とてつもなく耳悪いよね」

僕が見下ろすと彼女はへらりと笑う。相変わらずだ。不意に後ろから彼女の肩ににゅっと手が伸びる。

「黒尾さん、」
「かわいいな、私服」
「え、」

くるりと黒尾さんを振り返ったおなまえはその言葉に目を丸くした。頬を染める様子が愛しかったけど、それが僕によるものじゃないということが、たまらなく腹立たしかった。おなまえの頭を撫でてから、黒尾さんは僕を見てにやりと笑った。

「メガネくんも来たのか」
「いけませんか」
「いいや」

黒尾さんは頭を振った。

「そりゃ不安だよな」
「は、」
「俺も分かるぜ、その気持ち」

彼はそう言って小さくため息をついた。おなまえはいつの間にかリエーフと戯れていた。目を離したらこうだ。僕らからしたらたまったものじゃない。僕と黒尾さんは目を合わせた。これが惚れたものの弱みなのだろう。

「ねえ、試合始まるよ」

孤爪さんの声で僕らははっとする。もうそんな時間か、と黒尾さんは孤爪さんの後について行く。

「行こうよつっきー、」

おなまえは僕の手を引いた。どくん、と心臓が跳ねたのはきっと僕だけなのだろう。きっと彼女はなにも思ってなどいないのだ。天然というには達観した部分があるように思えるけれど、やっぱり天然だ。ふわりと広がるスカートを翻して、彼女は歩みを進める。露出の控えめな膝丈のスカートは風になびいて、脚が太ももまでのぞいた。白くて健康的なその脚に、思わず目がいった。

「芝山くんはいないの」
「うん、帰省中」
「リエーフは帰省しないの」
「帰省ってどこに」
「ロシアに」
「え、俺日本生まれなんだけど」
「え、そうなの」

ロシア語聞きたかったな、なんて言いながら僕の手を引いたまま彼女は笑った。するりと僕の手が彼女の手から離れる。うっと言葉に詰まった灰羽はロシア語を勉強するべきか、と唸っていた。そのままおなまえは僕を見上げて首を傾げた。

「つっきーお腹空いてない」
「うん、まだ平気」
「よかった」
「おなまえは、」
「わたしもんじゃ焼き食べたい!」

試合終わったら行こうよ、黒尾さん美味しいところ知ってるって!と彼女はにこにこ笑う。黒尾さんと目が合う。彼はふんっと鼻で笑ったように思えた。別にあなたたちは来なくても結構なんですけど、と思ったが、おなまえがあまりにも楽しそうに笑うから、それもいいかと思った。返事をしない僕を不思議に思ったのか、彼女は僕の服の袖を引いた。

「もんじゃ嫌いなの」
「いや、ちがう」
「あ、お好み焼き派なのか」
「そうでもないけど」
「もんじゃは月島が有名だよね」

月島ってつっきーだね、彼女はそんな共通点に小学生みたいに喜んでいた。部活から離れた途端、彼女はすっかり穏やかになると思う。部活というか、コートの中から離れたらと言うべきか。きらきら、というか近頃はぎらぎらとしている眼差しはすっかり優しくなるし、歩みはそう早くないし割りとのんびりとしているところもあるのかもしれない。僕はその後ろ姿を眺めていた。

「俺 D-50だって、」
「あ、わたし犬岡くんの隣だ」
「ええ!犬岡チケット交換して!」
「おいっ、意味分かんねえリエーフ!」
「うるさいから研磨さんの隣がいい」
「やだよ、そんなことしたらクロがうるさい」

研磨さんにフられた!と叫ぶ彼女の肩に黒尾さんがどんまい、と言いながら手を乗せた。僕はそんな二人の背を見ながら考えていた。彼女はきっと誰のものにもならないんだろうな、なんて。きっとこうやって何の障害もなくへらへらしているのが、一番楽しいのだろう。きっとそれは彼女自身もだし、当然のことながら僕らも同じだ。

「明らかに黒尾さんのせいです」
「いいじゃねえか、そんなの」
「よくありませんー」
「大人しく俺の隣に来い、な」

黒尾さんはははっと笑った。大人しく言うことを聞こうとする彼女の手を、僕は掴んだ。おなまえははっとして振り返ってから、にっこりと笑った。

「やっぱつっきーの隣にしよ」

おなまえは僕の腕を掴んだ。彼女が背を向けた先で、黒尾さんが眉をしかめたのが分かった。僕はおなまえには見えないように、黒尾さんに向かってふんっと笑った。彼女が誰のことも選ばなかったとしても、一番近くにいるのは僕でありたい、と思った。そんなことを知ってか知らずか、彼女は僕を見上げて、またへらりと笑った。

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