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わたしは泣きたかった。どうしてひたむきにがんばってきた菅原が試合に出られないのか。彼は言った。わたしに言った。

「試合、見に来ない方がいいかも」

意味が分からなかった。クラスメイトの大切な試合だ。たかが練習試合だとしても、大切な試合だ。因縁のある高校と試合をするらしいのだ。楽しみに決まっているじゃないか。見に行きたいに決まっているじゃないか。わたしは体育館を訪れる。ゴールデンウイーク、週に5日は顔を合わせる彼とはしばらく会っていない。しばらく、というほどでもないが、わたしにとっては大きい。

「あれ、」

わたしは目を丸くした。ベンチで応援する薄い髪の色の彼を見つけた。菅原の背中を見つけたのだ。どうしてベンチにいるんだ。セッターをしているのは、比較的身長の高い黒髪の男の子だ。あれ。どうした菅原、怪我でもしたのか。あれれ。わたしはゆっくりと観客席の一番前へと歩み出す。その言葉を聞いたのはゴールデンウイークに入る前だ。きのうのメールではきついけど元気にやってる、と、言っていたのに。

「すごい一年生が来たんだ」

うれしそうに彼は語っていた。

「ふうん、って言っても先月まで中学生だった子じゃない」

わたしはそんな風に返した気がする。その言葉、取り消したい。菅原の居場所を奪うような、そんなやつだとは知らなかった。なめた口を聞いてしまった。きっと菅原は喜びと悔しさの間で葛藤していただろう。わたしはひたすら後悔した。試合なんて見ていなかった。わたしは菅原の背中だけを見つめていた。

「あれ、みょうじ」

いつの間にか試合は終わっていて、澤村がこっちを見上げていた。わたしははっとした。菅原もその言葉にばっとこちらを振り返った。

「みょうじ、」

菅原がわたしの名前を呼ぶ。気付いていなかったわけじゃない。なんとなく、分かっていた。クラスメイトを部活の試合の観戦に呼びたくない理由なんて限られているんじゃないか。きっと、漠然とかっこよくないからだ。自分が補欠だからだ。それでも場所と時間を教えてくれたのは、菅原が優しいからだと思う。

「菅原、」

大会を見に行きたかった。だけど、どうやらそれは平日に行われるらしい。だから、せめて練習試合でもと思ってわたしはここに来た。クラスの子を誘おうと思って、やめた。菅原がわたしの試合観戦に乗り気じゃなかったから。そもそも来て欲しくないんじゃないかと思ったからだ。それでもわたしがここに来た理由は、ひとつしかない。

「す、がわら、」

わたしは彼が好きだ。大好きだ。彼はひたむきにがんばっている。特に背が大きいわけでも、力が強いわけでもない。特別センスがあるということもなければ、類稀な特技もない。それなのに、必死だった。わたしはその姿を三年間見てきた。馬鹿だと思った。必死になったって、どうにもならないのに。全国大会なんて、夢のまた夢なのに。結局、三年になってもレギュラーになれていないのに。でもそんな姿に、わたしは馬鹿みたいに惹かれていた。馬鹿みたいに好きだ。三年間、馬鹿だねって言い続けた。彼はいつもそうだよと笑った。彼は知らないかもしれないが、わたしも相当な馬鹿なんだ。










「みょうじ、」
「菅原、」
「また、馬鹿だって言うんだろ」

少し眉を寄せて彼は笑う。走ってきたらしく、彼は息を切らしていた。言わないよ。もう言わない、馬鹿だなんて。三年生になった今年こそ、彼の姿をコートで見られると期待していた。強くなくてもいい。あなたの三年生の努力が実ればどうでもいい、それなのに。

「馬鹿言わないで」
「はは、」

彼は困ったように笑う。

「自信持って、菅原」

わたしは強くそう言う。

「あなたは本当に馬鹿だから、」
「まいったな」
「本当に本当に馬鹿だよ」
「みょうじも馬鹿だよ」
「そうだよ」
「俺のことずっと応援して、馬鹿だ」

報われるはずがないのに。そう言った彼の肩をわたしはどんっと思い切り押した。

「そんなことない」
「だって、見ただろ」
「そんなことないよ」

あんな後輩がいたら俺なんて、そう言ってから、途中で菅原は黙った。そしてわたしの両肩をしっかりと掴んで、しっかりと目を合わせた。わたしは目をそらさずにまっすぐに彼を見つめる。

「がんばる」
「ふん、馬鹿」
「みょうじが応援してくれるからだよ」

だからがんばれるんだ。あいつには適わないかもしれないけど、あいつにないものを俺は持ってる。それがある限り、俺は諦めない。だって、またみょうじは背中を押してくれるんだろ。菅原はにっと笑った。

「当たり前じゃん」

わたしも笑顔で返す。

「だけど今からは、」

菅原は掴んだ肩をそのままに、少し頬を赤らめた。そういえば菅原の恋愛話を聞いたことがない。こうやって顔を赤らめたところなんて見たことがなかった。わたしは初めて見るその表情に少し見惚れた。握られた肩から伝わる熱が身体を駆け巡る。

「これまでよりもっと近くで、応援してもらいたいな、なんて、」

菅原はおそるおそるわたしと目を合わせた。告白なんだと気が付くのに少し時間がかかった。気付いてからはすぐ、喜びに包まれた。わたしは菅原の手が離れるのと同時に彼の胸に抱きついた。三年間いっしょにいて、はじめて彼に触れた気がする。こんなに男らしい身体をしていたんだ、なんて思って少し恥ずかしくなった。彼もすぐにわたしを抱き返してくれる。

「ほんと、馬鹿」

なんて告白なんだ。わたしは苛立ちをこめて背中に回した腕に力をこめる。不意に耳元で聞こえた言葉にわたしはまた泣きそうになってしまう。嬉しくって泣くことなんて、誕生日のサプライズ程度しかないけれど、今はこの温もりとその言葉が嬉しくて涙がこぼれそうになってしまった。わたしもなんだから、と口には出さずに思った。

「ずっと好きだったよ」

泣かせないでよ、馬鹿。
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