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今にも雨が降り出しそうな曇り空。蒸し蒸しとした不快な空気が身体にまとわりつく。ふわっとした癖毛をより一層元気にする湿気に苛立ちを感じて、髪の毛を耳にかける。肌を薄くコーティングするファンデーションやチークが煩わしい。軽くカールさせてブラウンのマスカラで長さを足したまつ毛と、明るいゴールド系のアイシャドウ。来ない連絡にわたしはため息をつく。

「はあ、」

部活が、バレーという壁が、わたしの恋路をひたすら邪魔をするのだ。

「何ため息ついてんのおなまえちゃん」
「だって、」

うちの高校で最も騒がれている三年生の長身の優男がわたしの肩にぽんっと手を置いた。そうか、今日は月曜日か。及川さんは校門の前で立ちすくむわたしの隣に並んだ。会いたいのは、あなたじゃないの。今日は休みだと聞いていた。高校まで来てくれるはずだった。

「飛雄は来ないよ」
「あなたに何が分かるんです」
「あいつにおなまえちゃんはもったいないってことは分かるよ」

わたしと彼は同じ中学の出身で、及川さんはその先輩だ。もったいないなあこんなに可愛いのに、あんな馬鹿に惚れるなんて。及川さんは大きくため息をつく。わたしは及川さんをじろりと睨んでから、また前を向き直る。オフだから会えるというはずの日にも、自主練習をするだとか何だとか。

「嫌いだよ、バレーなんて」

及川さんはふうんと面白そうに笑う。

「がんばって綺麗に着飾って来てもあいつが見てるのはボールだけなんだよ、信じられない」

自虐的に笑うと、生ぬるい風が吹いた。細かい雨が降りはじめる。霧雨のような、視界の霞む雨。及川さんはげっと空を見上げる。わたしは折りたたみの傘を開いて、及川さんに手渡す。

「おなまえちゃん入らないの」
「いらない」
「もう、いつまで待っても来ないよ」
「来るもん」
「この前も言ってたよね、それ」
「うるさい」

不快だ、この男もこの湿度もこの雨も。及川さんがさりげなくわたしを傘に入れてくれる。苛立ちを感じたわたしはささっと彼から離れる。

「もう帰ったらどうです」
「え、好きな子を置いて帰れっていうの」

本当に、この人は嫌いだ。でも、彼にこの男みたいなところが少しでもあれば、わたしはもっと楽に愛を育めていたのかもしれない。わたしはふいっと及川さんから顔をそらして校門から離れる。駅向けて歩く。きっと彼も駅の方から来るはずだから、わたしは迎えに行くつもりで歩く。ケータイの画面を見ても、何の連絡もない。及川さんが後ろからわたしの名前を呼ぶ。雨がだんだん大粒になってゆく。視界がぼやける。前の景色が見えにくい。俯きながら歩みを進めた。セットもメイクもした髪や顔が濡れるのも、視界がぼやけることに比べれば気にならなかった。

「ちょっとおなまえちゃ、」
「おなまえ!」

聞きたかった声にはっと顔を上げる。そして腕を引かれる。スピードを上げた車が隣を走り去って行く。

「飛雄!」

わたしはぎゅっと彼の腰元に抱きつく。すん、と息を吸うと及川さんとは違う洗剤の優しい匂いがした。雨粒が大きくなって身体や頬を濡らす。

「ごめん、遅れた」
「待ったよ、すごく」
「悪かった」

ちょっと体育館に寄るつもりだったんだけど、つい。彼は俯く。もうバレーなんて、

「バレーしてる飛雄はすき」

バレーなんて嫌い。だけど、すき。彼は困ったように小さく笑ってわたしの頭を撫でた。そしてわたしの手を引いたことで落としていた傘を拾い上げる。恥ずかしそうに口を尖らせた彼の頬が赤くなる。

「ほら、濡れるだろ」

わたしは頷いて腕を絡めた。雨はどんどん強くなる。 大きな雨粒と白んでいく景色の中で、わたしたちは歩き出す。もともと女心を理解している人じゃないと思うし、なかなか会えないのにいつも待たされてばかりで、不満に思うこともたくさんある。それでも霞んだ視界の中でわたしの目に映る彼の赤い耳が、すごく愛おしかった。この傘の中では視界も鮮明だった。


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