それさえ愛に見えるので


男鹿は昔から、めったに人の話を聞かなくて、大事なことも右から左へスウッと流すようなやつだった。喧嘩と土下座が好きで、本気ではないけど問答無用で殴られたこともあった。いつだって男鹿のストッパーはオレで、一緒になって理不尽な喧嘩に巻き込まれたりもした。
現に今もオレの話だって聞かないし、好きなものは喧嘩と土下座だし、いきなり意味わかんねーところで殴ってくるし、変なことにばっかりオレを巻き込むし、うん その他諸々。
出会ったのは4年前だけど、中学の頃から何も、変わってないと思う。


男鹿と喧嘩らしい喧嘩をしたのはこれが3回目だ。度々ちいさなことで言い合いにはなるけど、喧嘩と呼べるものは数えられるぐらいしかない。原因はよく思い出せないけど。
ひとつ意外なのは、オレは男鹿との喧嘩で殴られたことは、1度もないということだ。オレとの喧嘩は絶対に口だけで、手は出して来ない。
しかも、昔から口より手が先に出るような喧嘩ばかりしてきた男鹿だから、口喧嘩は得意ではないらしい(むしろ口まで強かったらもう、友達してないと思う)。中学の時に、言い争いと喧嘩は違うなんて、少し拗ねた顔で呟いてたことだけはしっかり覚えている。まあつまりオレらの喧嘩は一方的に、こっちがまくし立てて終わるのだ。デーモンやらアバレオーガやらと恐れられている男鹿に、これまた意外にもオレは喧嘩で勝っているわけだ。どうでもいいけど。


男鹿は喧嘩はもちろん、力の強さだって足の速さだって、とにかく運動神経やら体力的なものはずば抜けて優れている。
その男鹿が喧嘩で手を出してこないのは、オレのことを考えているからだと知っている。今まで何かに巻き込まれたって、オレは怪我を負ったことはないし、逃げる時だって絶対に、男鹿はオレに合わせて走ってくれる、そういう奴。変なことばっかり起こすけど、悪い時は(オレには)ちゃんと謝ってくるし。そういう奴だ。
ほんと、中学の頃から何も変わってないよなあ。

「…悪いことしたな」

もう、喧嘩のきっかけなんて覚えてない。だけど手を出してこなかった男鹿はまあ、偉いと思うからオレから謝ってやろうかな、とか、考えてしまうわけで。
別に損してたっていいんだ、男鹿が相手なら。たぶん。

「…ほんとお互い様だよな」

オレが謝ったらあいつは、ほんと変わんねえなぁって、電話の向こうで笑うんだろう。こういう考えが馬鹿みたいにお人よしだって笑うんだろう。どうせ。
でもしょうがないだろ。オレいい奴だし、ね。大人だからさ。
携帯を掴んで、耳元で鳴り響くコール音に意識を寄せた。早く出ろよ。