いいわけの言い訳


「ほら、泣くな泣くなー」

ねむいんだろう。たぶん。
ぐずぐずと男鹿に甘えだすベル坊を、ぼうっと見ながらココアに口をつける。辰巳くんだ!と目をきらきらさせた妹が作ったココアは、オレには十分すぎるぐらいあまい。残したら怒られるから、毎回頑張って飲んでますけどね。妹の前ではいい兄でいたいじゃないの、っていうオレの意地みたいなもん。男鹿には手遅れとか言われたけど気にしない。
だけどやっぱりあまいもんはあまい。黄色いマグカップにちいさく顔をしかめてみた。そうしたところで何かが変わるわけもないけど。


「よしよし、おやすみベル坊」

ひしっとくっつくベル坊をぎゅう、とすこし強く抱きしめ返す。ベル坊が寝るときにする、男鹿の癖みたいなものだと思う。こいつが赤ん坊をあやすところなんて、絶対見ることないと思ってたのになあ。

「…親子みたいだな」
「あ?そうかあ?」

オレまだ15なんだけど。そろりとオレのベッドにベル坊をおろして、すぐさま男鹿はずずっとココアを飲みはじめた。音を立てるな音を。

「いや、そういう問題じゃなくて」
「ふーん。ココアうめぇ」
「…ああそう、よかったな」
「まあ、オレも赤ん坊ぐらい世話できるってことよ」
「ほのかに言ってやろ。あいつ喜ぶだろーなー」
「ま、お前に比べたらベル坊なんてかわいいもんだけどな」
「意外と甘党な男鹿くんに合わせて毎回ココア作ってるからさー」
「おい 話聞いてる?」
「ちょう聞いてるけど」

嘘つけよ馬鹿殴んぞ とかなんとか言いながら、意外と甘党な男鹿は一気にココアを飲み干した。嘘じゃねえよオレがいつお前に世話されたよ。むしろ世話してあげてんだろーが。毎日のようにオレん家いるじゃん。

「馬鹿はお前だ馬鹿」
「聞こえませーん」
「馬鹿辰巳」
「うぜえ」
「見ろ男鹿。ベル坊なんかオレの部屋でぐっすり寝るようになったぞ」
「あー…ま、確かに」


あらら、めずらしいこともあるもんだ。
すんなりと、男鹿が肯定なんかするから反応に困ってしまった。少し考えてから まあいいけどさ なんて特に意味のない言葉を呟いて、手元にあるマグカップをくるくると回してみる。これも特に意味はない。ずっと持ってたからだいぶ、温くなってしまった。
淡い茶色がゆらゆらと揺れる。あ やべ、こぼれそう。



「ん、」
「…は?」

貸せよ、とひとこと呟いた男鹿の手にすんなりと、マグカップは渡った。それからあーあ、冷めてんじゃん と もったいねえ を口にして、男鹿はココアをぐいっと流し込んだ。

「ごちそーさん」

青と黄色のマグカップが、綺麗に男鹿の前に並んだ。見事にからっぽのマグカップを見てやっと、状況把握。ああ、オレのぶんまで飲んだよこいつ。想像したら胸やけがした。絶対あまいだろ。

「なにやってんの」
「世話してやったの」
「意味わかんね」
「妹に怒られんぞ、兄貴」
「…………」
「これでチャラな」
「……負けたわ」