口実はなくていい


バイトが休みの日、東条はだいたい近所をぶらぶらしている。オレはそれを知っていてわざと、ベル坊を連れて散歩をするわけで(面倒見がいい日だと不思議がられるのはもう慣れた)。
今日もベル坊とふらりと見慣れた道を歩く。唯一いつもと違ったのは東条が後ろから現れたということと、よう、と肩を叩かれて不意に驚いた声が出たということだ。

「…びっくりした、お前か」
「おう、今日も散歩か」
「まあそんなとこ」

本当は、お前とこうして話をするために来てるんだけど、なんて言えないまま何回会っただろうか。偶然を装うにも程があるが日課というわけでもない。まあこんなこと言えもしないが。

「バイトは?」
「今日はない」
「ふーん」

きっと東条は、オレはベル坊を連れて毎日散歩をしていると認識している、はずだ。だからわざと会う度にバイトの話を振る。我ながら足りない頭でよく考えるなあと思う。

「そーいや、なあ、バイトない日なんでここにいんの」

一言二言交わしながら、ずるずるとベンチに座ったところで前から考えていた疑問をぶつけてみた。バイトがないのならわざわざ家から出てぶらぶらする必要もないだろうに。それとも、動いてないとなんか気持ち悪い みたいなタイプなのだろうか。まあ月の殆どをバイトに費やしているコイツのことだからそれもアリかもしれないが。

「んー…」

そういう答えを想像していたのだが、東条は何故か答えにつまっている。あれ、違うのか、もしかしてなんとなくとかいう理由か。まあ流石に全てが予想通りにいかないのはオレにだって解る。
ちらりと目が合ってまた逸らされる。あのさぁ、と不安げな声が耳に留まる。

「…お前に会えるからって言ったら、引くか?」
「…へ?」
「いつもいるみてぇだから、バイトない日にこの辺ぶらぶらしとけば会えるかなって、…あ、お願いだから殴らないでくれな」

あろうことか東条は俯いてははっ、と笑いながらごめんなと呟いた。まさか、そんな、本気か。

「…男鹿?」
「え、や、別に殴らねぇよ」

そうか、と安心したような声で言うもんだから思わず本当のことを言いそうになって止めた。もう少ししてからでも遅くない。今度会ったらは何か奢れよ、と笑うだけで今は十分だ。