やり場のない感情を上手く消すのが苦手だ。裏道は静かで目の前に転がった空き缶を蹴る音だけが響いた。煩いなあと舌打ち。まったく理不尽なのは十分に解っている。だけど仕方ない。
血の味を吐き出して家へと足を運ぶ。さっきまでの連中が来てもおかしくないはずなのに、自分でも冷静だと思う。まあ来ても殴って終わりなだけだが。頬に流れた血が夜風に当たってやけに冷たく感じる。気持ち悪ィ。

暗闇に光が点る。目がチカチカしたが、明るみに何故か安心した。ディスプレイには老け顔馬鹿の名前。タイミング悪すぎるだろ。

「…なんだよ」
『おう、何やってんだ』
「…喧嘩帰り」
『ハハッ 何人だ?』
「しらねえ。50人ぐらい?」
『…ジョーダン、』

動揺してんなよわかりやすい。何回も言うが心配されなくてもオレは十分やっていける。言わないけど。ああなんて狡いんだ。

『男鹿』
「あ?」
『泣いてんのか』
「なわけねーだろ」
『だよなあ』

だよなあってなんだ。解ってんなら聞くな。残念ながら微塵も涙は出なかった。あんな奴らのために泣くなんてどうかしてるだろ。あーあ寒ぃなあ。電話の向こうでごそごそと雑音が混ざる。忙しいなら電話なんかしてくんなよ。

「あのさ…なんで電話して」
『男鹿』
「…だからなに」
『寂しいか?』
「…はあ?」

寂しいなんて、なんでだ。喧嘩したあとの感情にはまったく当てはまらない。よくなわからなくて黙っていると、今から会おうか、と聞こえてきた笑い声。いきなりなんなんだ。

「意味わかんねーし…」
『寂しくねぇの?』
「はあ?だからっ、」
『…オレが寂しい』

ガチャン、と車のドアを閉める音が耳元で聞こえた。もう無駄だ。何言っても駄目だ。ほんとタイミング悪ィ。安心するだなんて、思いたくないのに。
血の味はもうしない。苛々も消えた。寂しくはない。だけどこんな時に会えて嬉しいのは、オレだ。

この夜が死ぬまで