相対するそれごと


ぱちん、と乾いた音と、赤ん坊の寝息だけが部屋に響く。
男鹿は器用な奴だ。料理も出来るし裁縫もそれなりにこなす、洗濯だって出来る(どうやら姉に無理矢理、習得させられたらしい)。
制服にはいつもアイロンがかかっている。日頃、背中に引っ付いている緑の赤ん坊(今は幸せそうにおやすみ中だ)の世話にはそれなりに苦労したらしいが、今となってはなかなか様になっている、と思う。今だって、切っている爪は綺麗に整っているし。

「爪、ガッタガタ」

切り立ての、きっちり揃えられた指先で、伸びてきたな、とオレの指先を触る。それは、切ってやる と一緒の意味であって、やっぱり男鹿は右手に、爪切りを持ち直した。

「割れてんじゃん」
「ああそれ、バイト中にやった」
「いつも適当に切ってんだろ」
「オレなりに綺麗に切ってるつもりなんだけどなぁ」
「ふ、そーかよ」

いつもより、綺麗に揃えられていく爪。失敗して、深爪じゃない、なんていつぶりだろう。

「器用だなお前」
「べっつにい」
「素直に喜べばいいのに」
「…今度から切ってやるよ」
「おう、頼むわ」

ぱちん、と最後の音が響いたところで左手をぎゅう、と掴むと、冷たい手とは反対に、男鹿の頬はあかく染まった。

「いてぇよ」

ほんとうは素直なのに、この意地っ張りはいつだって、それを認めない。こういうところはひどく不器用で、全部ひっくるめて抱きしめるのにはぴったりだ。