ちぐはぐで結構


やっぱり、男鹿はそこにいた。ひとりではなく緑の赤ん坊も一緒だが、そいつはすやすやと男鹿の腕の中で眠っている。
ベルを起こさないように静かに近づいていくと、男鹿の意識がこっちに向けられた。特別驚いた顔をするわけでもないが、なんだよと少し尖った声で問われる。そんな警戒すんなって。声にしないかわりに、ゆっくりと隣に腰をおろした。

「よぉアバレオーガ」
「お前に言われたくねー」
「はは。お前よく屋上いるよな」
「ベル坊がぐずるからな。校舎内はうっせーんだよ」
「そうか」

意外にも、何しに来たんだよ とは聞かれずに沈黙が流れた。沈黙と言ってもオレも男鹿も、自分から喋るとかいう気遣いはあんまり出来ないから、特に気まずさはない。これが普通だ。
昼間はだいぶ暖かくなったけど、この季節はまだ肌寒い。男鹿は学ランをベルにあげていて、ああ寒そうだなと思った。無意識に、自分の学ランを脱いで男鹿の背中にかけた。

「寒いだろ」
「いや、いいから。お前が寒いだろ」
「先輩の言うことはちゃんと聞けよ」
「こういう時だけ先輩面かよ」

少し笑いながら、どうも とちいさく呟いた。こういうとこもあるから、なんか放っておけないんだよなぁ。

「腹へらねぇ?」
「んー、まあ」
「パン食うか?」
「おっ さすが」

購買で買ってきた(というより強制的にもぎ取ってきた)ヤキソバパンをひとつ渡す。豪快にかじりつきながら、なんとなく携帯を開くと画面は、昼休みが終わるまで、あと10分を表示していた。

「でないのか、次」
「いつも寝てるだけだし、ベル坊たぶん起きねーし」
「そうか」

おう、と言いながら男鹿がゆっくり地面に倒れ込んだ。このまま寝るつもりか。なら多分、オレはいないほうがいいだろう。寝るのを邪魔されるのは好きじゃないだろうし。

「東条、バイトねぇの?」
「ああ、今日はないけど」
「ふーん、そ」

あーねみぃ。男鹿が目を閉じたから、じゃあオレはそろそろ戻るわ、と重たい腰をあげた。途端にぱちりと目が合う。なんだ。

「寝るんじゃないのか」
「帰んの?」
「え?」
「いや別に。いればいいのに」

あれ、今なんて言った?オレはそのまま3秒フリーズ。その後に、おい っていう男鹿の声で我に返った。とりあえずもう1度、腰をおろして男鹿と向き合う。

「…いていいのか」
「は?別にいいんじゃねーの」
「そうか…」
「…何だその感じ。特に意味ないんだけど。帰るなら学ラン返すけど」

今のは聞こえなかったことにする。欠伸をひとつして、男鹿と同じように寝転んでしまえばもう、戻るなんて選択肢は頭から抜けていった。元々授業は面倒くさかったしちょうどいいか。
メールの画面を開く。『さぼる』の3文字をかおるに送って携帯をポケットにねじ込んだ。