殺意に彩られた聖域にて

からから、音をたてて


国に帰ってから幾ばくか経った。その間にシンからの接触は無かった。まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。それでも、何処か俺を求めてくれると思っていた。そんな思いももう過ぎ去った。

「紅陽。」
「何でしょうか、紅明様。」
「あと2、3週間で白瑛と白龍がこちらに戻ってこれるそうです。準備をしておけと兄様が。」

白龍と聞き肩が跳ねる。怒っている、だろうか。それとも、俺の事などとうに忘れているだろうか。それを聞くのがとても怖い。自分の身勝手であの子を置いてきた。弱い護るべき対象であるあの子を。自分の欲ばかり優先させてしまう。あぁ、なんて醜い人間なのだろうか。

「紅陽?大丈夫ですか?顔色が優れないようですが…。」
「だい、じょうぶ、です。少し、思い出したくない事を、思い出してしまって。」
「なら、良いのですが…。」

じっと、目の前の書物を睨んだ。俺のいなかった間に起きた事を寸分よ隙もなく知りつくすようにここ数日書庫に篭っている。だが、どう探してもあの火事の詳細は書かれていなかった。隠されたか、若しくは隠蔽されたか。…後者だろうな。あの魔女はどうとでも出来る力を今持ってしまっている。
何か、なにか出来ないのか。あの魔女を倒す手立ては無いのか。眠らせたあの人はあの魔女を殺す手立てを持っていた。それは、俺の体だからこそ出来ることだとは言えないか?あの人の知識さえあれば、な。
でも、起こす気は毛頭ない。さて、どうしたものか。

「ねぇ、ちょっと。邪魔なんだけど?」
「……ぁ、紅覇様。すみません、直ぐに退きますね。」

紅覇様に声を掛けられ持っていた本を閉じて、その場をどいた。元あった場所に本を戻し白龍たちの準備をしようと振り向いたらすぐ近くに紅覇様がいた。

「こ、うは様?」
「なんで、お前は僕の事を様付けするの。」
「嫌でしたら、変えますけど…。」

ムッとした顔を隠そうともせず俺に詰め寄る紅覇様。
いや、でもなぁ。炎兄様や明兄様は一緒に育ってきた仲だから多少対応が紅覇様と違うのはいいだろう。でも、今の俺の立場は紅炎様の従者。あの魔女に記憶が戻っていると気が付かれるまでは隠していろと炎兄様に言われたからな。
その従者が紅覇様にタメ口とか使ってたらダメだろ。

「あのさ、あんただって一応は僕の兄なんでしょ?」
「え、ええ。まぁ、年齢的にそうなりますけど…。」
「じゃあ、僕に敬語使わないで。気持ち悪いから。」
「えー、と。紅覇様、炎兄様の話聞いてました?俺は今紅炎様の従者としてここに居るんです。あの魔女に俺の記憶が戻っていると知られたくはないんです。ですから、紅覇様は俺よりも位は上になるので敬語を使わないと変でしょう?」

紅覇様、分かってくれるだろうか。それにしても、敬語を使って欲しく無いってどうした?最初の邂逅ですっごく気分害したから嫌われてると思ってたんだけど。

「それは、分かってるよ。じゃあ、二人の時は敬語無くして。」
「……分かったよ紅覇。二人だけの時だけだよ?」

観念した俺が敬語を抜くと紅覇は子供のように目を輝かせた。
子供のように、じゃないんだ。この子はまだ子供なんだよな。あぁ、なんで。白龍や紅覇の様な子供まで戦争に巻き込まれなきゃいけないのだろうか。
この世界から戦争を無くす。それを心がけている人は沢山いるけれど、それが絶対的に正しいとは思わない。

「今度の遠征…。怪我をしないようにね。君はまだ子供なんだから少しは大人に頼るんだよ。」
「は?ねぇ、僕もう金属器持ってるからそこらの大人より強いんだけど。」
「金属器を持ってるから、大人という訳ではないよ。強いけど君はまだ子供なんだ。護られる立場の人なんだよ。」

俺がいた世界は多少の戦争はあれど平和だった。それはただの部外者で居たからかは分からないけど。幻想的な平和な世界。大人は子を護るべき存在だった。この世界のように子が権力を持つなど有り得なかったんだ。
あの日本という国は、戦争を無くす事に成功した。それは、過去の悲惨な事件から国から武力を徹底的に排除したから。
だが、この世界でその方法は成り立つのだろうか。ここは力があれば誰だって上に立てる。だからこそ武力を徹底的に無くしたらそれは、ただの無防備な格好の餌食。戦争を無くすためには迷宮が邪魔なんだ。

「さて、紅覇様。そろそろ遠征の準備を始めなければ。俺も白瑛様たちの準備をしなければいけないのでここで。」

お辞儀をして書庫から立ち去った。
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