さらさらと零れ落ちてゆく記憶と時間
からから、音をたてて
ふっ、と目が覚めて見えたのはゆらゆらと揺れる蝋燭の炎だった。小さく、それでいて力強く光り輝いている。
その炎に兄様を見た。
「ぅ……。あ、れ?ここって……。」
見渡すと、どこか見覚えのある部屋。調度品も全て記憶にあるものと同じだ。
「俺の部屋、だ。」
勢いよく起き上がり、周りを確かめる。俺の求めていた金属器がそこにあった。丁寧に一つの埃も付かず元の輝きのままある。それが凄く嬉しかった。忘れられていないという実感がもてたから。
「ごめんね。ずっと1人にしてしまって。」
そっとその置かれている刀を撫でる。仄かにその刀が輝いたような気がした。そっと、腰につけると体に吸い付くように収まった。
「これからはずっと一緒だよ。」
「ねぇ。勝手に取らないでくれる?」
後ろから声が掛かる。
今の今まで気配を感じなかった。という事はもしかしたら最初から見ていたかもしれないということで。
「勝手に、と言われましてもこれは俺のものですし…。」
そう言いながら振り返り返るとそこには綺麗な顔を歪めた女の子がいた。赤い長い髪をして前髪の一部を三つ編みしている。
「はぁ?何言ってんの。ここは王宮の中わかる?皆顔見知りなの。僕は君を見たことないんだけど?」
僕……僕、ってことは男の子なのかこの子は!なんて可愛い顔してるんだ。
「ねぇ。聞いてるの?」
「あぁ。ごめんなさい。君があまりにも可愛らしいから見とれてたよ。そうだね。俺がこの刀の持ち主という事を証明したいのなら紅炎様を呼んでくればいい。そうすればわかるはずだよ。」
ゆらゆらと揺れる炎を見ながら言い切る。これで炎兄様が誰だお前とか言ったら俺恥ずかしい人だよね。
「紅覇、遅いですよ。そこで何して……っ!」
ここで、少しいたずら心が働いた。
「お久しぶりです。紅明様。ただ今戻ってまいりました。」
「紅陽……。記憶は…。」
「記憶、ですか?やはりまだ以前のものは戻らないですね。ところで、私はこの方を知らないのですが新しく王宮に入られた方ですか?」
明らかに落胆したような顔を明兄様はした。まぁ、そうだよね。紅炎様の従者の俺は明兄様の事は主の弟君にしか思っていないから。
「え、えぇ。その子は煌帝国第三皇子練紅覇ですよ。」
「第三皇子…?」
「貴方がいなくなった後、皇帝が母上以外と子供を作っていたと発覚しました。」
「それはそれは。失礼いたしました。紅覇様。ところで、紅明様。紅炎様はどちらに?帰還の報告をしたいのですが。」
「今から私たちも向かうので一緒に行きましょう。」
軽く頷く。すっごく横から視線を感じるのはまぁしょうがないね。実質俺の説明してないし。紅覇くんの前と明兄様の前じゃ態度違うし。
ま、すべての種明かしは炎兄様の前ということで。
***
「炎兄様。紅明と紅覇来ました。」
「入れ。」
ドア越しの声に背中がぞわりとした。俺が求めていた声。あぁ、奥の向こうに炎兄様がいる。
ぎぃ、と音を立てながら開いていく扉。明兄様が開くのが耐えきれなくて押し入った。
「炎兄様!!」
「は?………っ紅陽?」
「はい。ただ今、戻ってきました。」
「俺の事が分かるのか?」
「はい。ちゃんと、炎兄様や明兄様が俺の兄だという記憶も戻っています。」
そう言った時にちらりと明兄様を見たら頭を抱えてた。心の中でガッツポーズしたのはしょうがないと思う。
「お前は今までどこに……。」
「………俺にもよく、分からないです。」
「そうか。」
「俺がいた所は平和で、けれどそれでいてその平和が陽炎のような儚さだった。ここに存在していた事など忘れた様に過ごしていました。そこで過ごしている俺は戦うことでの恐怖も、戦慄も、飢餓での死への恐ろしさも戦争で与えられる全てを忘れていました。
今も本当は現実なのか夢なのかよく分からない。」
あぁ、どうしてかな。久しぶりの再開を楽しむはずだったのに。炎兄様に会えたからかな。凝り固まっていた不安がここになって崩れてきた。
「紅陽?どうした。」
「炎兄様……。俺はここにいる?俺が望んだ夢じゃない?どうしてだか、ここは夢の様な感じがして、とても怖いんだ。」
あぁ、ダメなのに。涙が零れてくる。泣きたくなんて、ないのに。なんで、こんなに溢れてくるの。手を伸ばせる距離なのに、触れたら消えてしまいそう。
棒立ちになったまま涙を零していると、座っていた炎兄様が立ち上がり、俺を抱きしめた。力強いその腕はさっきまで見えていた儚さなんてなかった。
「泣きたいのなら、泣け。それを咎める者など此処にはいない。」
「う゛、ん。」
「紅陽……。お前が戻ってきて本当に良かった。」
炎兄様のあまりない優しい声が心に浸っていく。抱きしめてくれる大きな胸に頭を埋め背中をぎゅっと抱きしめた。