日陰にこそ我あり
たぶん、それは若気の至りというやつで
今の、記憶は、なに。俺じゃない誰かが俺の顔をして笑ってる。気持ち悪く、ニタニタと音がつきそうな顔で笑っている。
紅炎兄様の弟の紅陽でなく、紅炎様の従者の紅陽でも無く、俺でもない誰か。
「やはり、記憶は失われていますか。しょうがない。ですが、こちら側に来てもらいますよ。」
「い、やだ。」
「そうは言っても、貴方はこちら側の人間ですしね。」
イスナーンという男は微笑みながら俺に近づいてくる。その時に顔の布を外しながら。そっと俺に手を伸ばし頬に手を触れた。体が硬直したように動かない。髪をつかまれ引き寄せられる。晒された喉元にがぶりと噛まれた。
「なっ!」
じんじんと噛まれたところが痛い。これ、絶対に血が出てる。しかも、コイツその血舐めてる……。気持ち悪い。
「………今はまだ、思い出してはならなぬ。イスナーン。其方も分かるだろう?まだ私は目覚めてはいけないのだ。許せ。」
頬を撫でるとイスナーンは目を細めた。あぁ、愛おしい。我が仲間。大事に大事に育ててあげたのだ。早く事を成したいものだ。だが、まだ"あの男"は目覚めてはいない。行動を起こすにはまだ早いのだ。
「愛しているよ。我が仲間よ。」
微笑みながら私は目を閉じた。
***
「紅陽さん!」
「…ん。ぁれ?アリババ君?」
「起きたところ悪いですけど走ってください!モルジアナが大変なんです!」
アリババ君の声に目を覚まし何事かと見てみると確かにモルジアナがアリババ君の手の中でぐったりとしていた。これは大変じゃないか。無言でアリババ君に頷くと走り出す。
宝物庫らしい所に着くと皆一斉にジンを探し出す。そんな事よりアモンとかシトリーに聞いた方が早いよな。
「シトリー。ザガンの居場所はどこ?」
俺がそう言うと針が光だし一つの宝箱を指し示した。アリババ君達が一斉に駆けつけそれを開いた。
「誰だ。王になるのは。
我が名はザガン…"忠節と清浄のジン"!!」
あぁ、良かった。これで帰れる。本物が出てきたなら後はもう王の選定だけだ。それに、俺がなることは無いに等しい。まず、魔力が3つも金属器を使えるほど体内に溜めれない。それに、シトリーが許さないだろう。シトリーは無類の人好きだから、人嫌いのザガンと同じ主は嫌なはずだ。
だとしたら、この中で一番可能性が高いのは白龍かなぁ。アリババのアモンってザガンの師匠だってシトリーが昔言ってたし嫌だって言うだろう。
「師匠のアモンと弟子のザガンってアリババ君と白龍を表しているみたいだよな。」
少しそんな様子を想像して笑ってしまった。アリババ君が白龍の師匠…。なんか、ハマりすぎてるんだよなぁ。
ちらりと白龍達を見て思う。この子達は会うべくしてあったのではないのか。そんな気がする。
白龍は、大きくなった。小さい頃はあんなにも泣き虫だったのに、今では迷宮攻略も出来るほどだ。親や兄弟をあの女に殺されたこの子。暗い闇を抱えているこの子はこの先楽ではない道に進もうとしている。
この楽しさで、優しさで心の憂いが晴れるといい。この迷宮のジンがこの子の拠り所になればいい。
「王になるのは、練白龍!お前だ。」
予想通りの発言に安堵する。白龍は戸惑っているみたいだけれどジンが決めたことだ。覆すことは無い。
ありがとう。ザガン。
白龍を選んでくれて。
植物を司る貴方は生命を司っている。
そんな貴方が白龍と共にいる。どれほど、どれほど喜ばしいことだろうか。