嘘に嘘を重ねる

たぶん、それは若気の至りというやつで


俺は歩いていた。ただ1人で黙々と。迷路のようなどこか解らない場所をただの勘を頼りに右へ左へと歩いでいる。
何故俺がこんな所で歩いているかと言うとそれは昨日の深夜まで遡る。
俺は残業を23時頃ようやく終わらせもう人も少なくなった電車に乗った。俺の最寄り駅は終点だったから多少寝ても大丈夫だろうと寝たのがいけなかった。気づいたらどっかの部屋にいた。あの時は慌てた慌てた。だけど、こうもうすぐ三十路だし、慌てすぎるのも良くない落ち着こうと思った矢先にまたも俺に衝撃が走ったのだ。
なんか身体小さくない?
そう、俺の身体はなんと17歳位に戻っていた。中身おっさんの外身高校生…。イタいイタすぎる。さらに俺の髪は伸びに伸びたらしい。高くポニーテールをしているにも関わらず足元にまで房がある。しかも色は赤。いや、確かに前までも色素薄くて茶色っぽかったけど……。服装なんて最悪だ。手の先まで覆いさらに余ってしまう裾はこの際置いておいて、何故腹まで布がないのか。胸元でスパンっと切られてしまったようにないんだが。ズボンもダブっとした上にベルトみたいなのが交互に巻かれているから骨盤移動が大変。まぁ、全てでかいローブみたいのに隠れてるからいいんだどさ。
これはどうにかしなければ、とりあえずここを出よう。そんなわけで前に戻るわけだが。

「なーんか。行っても行ってもこのデカイ扉の所にしか出ないのはなんでだ。ここに入れってことなのか?」

扉を触るけど何も起こらない。
怖いぞ。なにも出ませんように!
ぐっと力を入れて扉を押すけど開かない。え、なに。恥ずかしくない?これ。頑張って開けようとして開かないって。つか、扉になんか書いてあるような。

「えー?"開けゴマ"?なんだそりゃ。って、うおぁ!」

俺が言い切った後急に扉が開く。たたらを踏んで中に入るとそこにはアラビアンナイトに出てくるような形をした土で出来た財宝たちが眠っていた。その一つを手に取って見ると装飾まで事細かにされている。これが金だったら相当高く売れるよなぁ。
そうやって一つ一つ見ていくと眩暈がしてきた。立っていられなくなって座ろうと足を曲げた時足がもつれ土の財宝たちに埋もれる。
倒れた俺の後ろで何かが現れた気がしたんだけどそれを見ている暇なんてない。そして、俺は眩暈に負け意識を飛ばした。


※※※

「大丈夫かい?お兄さん」

誰かに揺さぶられるような感覚がして目を開くとそこには青い髪をした少年と赤い髪をした少女がいた。

…………待ってくれ。何故ここにアラジンとモルジアナがいんの。あの子達って漫画の世界の子だよね?なんで、俺の前で動いて喋って触れてるの。俺は一体どうしたんだよ。

「お兄さん、本当に大丈夫かい?落ちてきた時にどこかぶつけたかな。」
「そうかもしれません。気を失ったまま落ちてこられましたから受身も何も取れてませんでしたし。」

二人の会話に俺の頭はついていかない。空から落ちてきたって。

「ちょっと、待ってくれ。一旦落ち着くから。」

落ち着け、落ち着くんだ。俺は異世界に来た。それは、多分、事実だ。この地面の座り心地は現実のもの。で、次が問題だ。漫画の世界に来てしまったということ。それも戦いが激しいマギの世界に。一応、漫画は全巻呼んでるからひと通りの出来事は覚えてる。だからといって非力な俺はすぐに死ぬ。それはだめだ。俺は死にたくない。だから俺は嘘をつく。

「君達は誰?ここはどこだか分かる?」
「ぼくはアラジンさ!こっちの女の子はモルジアナだよ。」
「あなたはここがどこか知らずに倒れていたんですか。」

怪訝な顔をするモルジアナ。こんな人がいたら俺でも疑うしいいんだけどでもやっぱりいい気分ではない。だから、俺はまた笑顔を貼り付けて嘘をつく。自分を守るために躊躇いもなく。

「俺、記憶が無いのかもしれない。いくら昨日のことを思い出そうとしてもわからないんだ。昨日以前の事が全く思い出せない。」
「ええ!記憶がないの。」
「記憶喪失ですか。それだとこのまま独りだとあぶないですよね。」

いい感じに事が運んできた。内心で笑いながら顔には悲しそうな顔を貼り付ける。この子達は優しい子だから俺を絶対に助けてくれる。
そう思いながら眺めていると2人が何故か驚いた様な顔をした。それも俺の後ろを見て。

「やあ、いい天気だね。」

この声は。アニメも制覇していた俺だからわかる。この声はシンドバッドだ。だけど、今無性に振り返りたくない。だって、今のアラジンとモルジアナの姿とシンドバッドの登場の仕方ってあれだろ?バルバッドの前だろ。覇王が葉王な時なんだろ。
でもこの中で俺が1番歳上だからどうにかしないといけない、よなぁ。
軽く短いため息を付くと地面から立ち上がり肩に掛けてあった長いローブみたいのをモルジアナとアラジンに被せる。
「あの……。」
「男の裸体なんて見たくないだろ?被ってな。」
モルジアナの怪訝な声に囁く。年頃の女の子にあの衝撃はだめだ。悪影響を及ぼす。俺にだって大ダメージを及ぼすだろうに。
そして、鬱々としながら俺はシンドバッドの方を向いた。

「何でしょうか?」
「いや、なに怪しいものではないよ。俺は商人をしているんだが途中に昼寝をしていたら身ぐるみ全部取られてしまってね。この先のバルバッドに行きたいんだがこの格好では行けないから何か貸してくれないか?」

努めて顔がにやけないようにする。やっぱり生で見るとこのシンドバッドは笑えてしまう。もう、爆笑したい。でも、シンドバッドって筋肉凄いよなぁ。触ってみたい。絶対硬いよな。

「……俺は男に体を触らせる趣味はないんだが。」
「はっ!え?」

どうやら俺は欲望にかられてシンドバッドの腹筋を触っていたらしい。やってしまった。
わざとらしく咳払いをしてから振り返りモルジアナ達にかけたローブを掴む。

「二人ともあの男の人の体が見たくないんだったら目をつぶってな。」

ローブを取り払うと目をつぶった二人がいてとても癒された。
そのローブをシンドバッドの元に持っていき手渡す。

「取り敢えず、これを腰に巻いといてください。こっちには女の子がいるんですからちょっとは配慮して下さい。」
「ん、ありがとう。助かったよ。」

シンドバッドが体にローブを巻き終わるとモルジアナとアラジンに声を掛けた。だいぶ衝撃も薄まったはずだ。

「二人とももう大丈夫だ。目を開けても。」

二人が閉じていた目を開ける。あぁ癒される。好き好んで男の裸体を見たいやつなんかこの世に居ないだろう。まあ前々から触ってみたかったシンドバッドの筋肉を触れたことで俺へのダメージは少なくなったけども。

「おじさん、まだ心許ないねぇ。ぼくの布いるかい?」
「ありがとう。少年。それとそこの少女も悪かったね驚かせてしまって。」
「いえ。」

3人が並んだ姿を見るとここが本当にマギの世界なんだと実感する。マギのアラジン七海の覇王のシンドバッドファナリスのモルジアナ。全員漫画のマギの登場人物で主要キャラだ。何故、こんな場所で俺という異物に出会ったのか。この俺という異物が介入したことで原作が変わるのか。これは俺が1番考えなければならないこと。だから、俺はこのあと起こるバルバッドについて考えなければいけない。もし、俺が原作を変えられるのだったら…。

ふと視線を感じて視線の先を辿るとシンドバッドと目が合った。取り敢えず笑っておくと笑い返される。何なのだろうか。さっき無意識で筋肉触られたことがそこまで気にかかったのか?


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テーマ「人外ファンタジー」
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