雁字搦めの鳥

たぶん、それは若気の至りというやつで


「紅陽!おい!紅陽!」

誰だ。俺を呼ぶものは。名前など知らないがそれが俺に向けて言われていることは分かる。うっすらと目を開けるとそこには赤毛の男が居た。どこかで見たことあるような顔だが分からない。腰にあった刀を流れるように取り喉元に突きつけると驚いた顔をする。

「なにをしている紅陽。」
「貴様は誰だ。何故俺を知っている。」
「っ!記憶が、無いのか。」

男は素手で刀を握りしめ刀の先を逸らす。その動作さえ俺の体にはきつかった。少しでも動かそうものなら火傷にあったようにちりちりと痛む。だが、目の前の人物にはバレないように顔には出さなかった。

「お前は、お前は俺の従者だ。」
「は?貴様が俺の主人だと?何を馬鹿げたことを……。」
「お前の名は?」
「名ぁ?名など無い。名付けられる前に売られた。」
「ならばやはりお前は俺の従者だ。俺の従者だった奴は奴隷から拾った。お前のように名もなかった。髪も赤かった。お前くらいの年だった。これ程似ていて違うなどと言うな。お前は、紅陽は気を失っているだけだ。」

切なげな目をする男に何も言えなくなる。目が覚めた時の既視感は本当にこの男の従者だったから?確かに俺は小さい頃以外の記憶がない。この男を信じてもいいのだろうか。


信じてみたい。
俺の事をここまで想ってくれるこの人を。
裏切りの中で生きてきた俺に手を差し伸べたかもしれない人を。

口元に笑が浮かんだ。なんだ。もう、答えは出ているじゃないか。

「……記憶を失った俺でも、貴方は従者にしてくれますか?」
「当たり前だ。記憶を失ったって紅陽は紅陽だからな。」
「ありがとうございます。」

お辞儀をしようとして諦める。身体中に激痛がはしるところだった。その不自然さに……えっと、名前なんだ?

「あの、主様。名前を教えてください。」
「あ…るっ!いや、なんでもない。そうだな。…一からやり直そうか。俺は練紅炎。煌帝国第一皇子だ。」
「紅炎様。俺、じゃなくて私は紅陽です。……あってますよね!?」

紅炎様が笑うからどこか間違ったのかと慌てる。その際に動いたからか腕から血が滲んてきた。まぁ、これくらいなら大丈夫か。

「大丈夫だ。合っている。お前のその挙動が面白くてな。ぁあ、お前は俺の従者の紅陽だ。」
「はい。我が命あなたに捧げます。紅炎様。」

怪我のせいで上手く笑えていたか分からないけれど、笑顔で言えたと思う。ぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でる紅炎様の手は俺なんかのと比べ物にならないくらい大きかった。
この手を絶対に護ろう。例えどんな関係になっても俺の命の主はこの人だ。主のために従者はいる。
俺も紅炎様とそんな関係になれたらいい。


***

「紅炎様ー!どこですかー?」

紅炎様の従者として私が再認識?した日から数年が経った。最初の1年は仕事になれるのがやっとで全然練家の方達と会うことができなかった。その後一年毎に1人という間隔で練家の方達に会っている。この間隔は誰かに仕向けられているとしか考えられない。今まで会ってきたのは紅明様、紅覇様、紅玉様に後は紅炎様の眷属の方達だ。流石に眷属の方達とは一度にあったが。

今は仕事をせずにどこかに行ってしまった紅炎様を探している。実は居場所はもう、分かっているが昼寝をしていたのでそのままにしておいた。だから、遠く離れた所で探している振りをしている。万が一にも私の声が届いて起きてしまわぬように。

「わっ!」
「っ!」

キョロキョロと見回しながら歩いていたせいか曲がり角で誰かとぶつかってしまった。私の方が大きかったからか転ばずに済んだがあちらは違ったらしい。尻餅をついている。
しかし、どこかでこの顔を見たことがあるような?どこだったか。この王宮内でだった様な気がするのだけれど。

「すいません。大丈夫ですか?こちらの不注意でぶつかってしまいました。」
「いえ。大丈夫です。」

とりあえず、手を貸して起き上がらせてあげた。やはりどこかで。黒髪で、私よりも年下。口元のホクロ。……あ。肖像画だ。確か練家の肖像画の中にいらっしゃった。名は確か。

「白龍様、ですよね。」
「あ、ああ。」
「初めまして。私は紅炎様の従者をしております紅陽と申します。以後よろしくお願いします。」

挨拶をするのが礼儀だろうと思い端的に言ったら白龍様の顔が暗くなった。何か変なことでも言っただろうか。

「惨めだ……。」
「え?」
「貴方は!貴方は練紅炎とそんな関係じゃないだろう!俺の唯一の良心を返してくれ!紅陽さんを返してくれ!」

胸ぐらを掴みかかられそうになって後ずさったら背中に何かが当たった。大きな手で目を隠され更に引き寄せられる。

「それぐらいにしろ白龍。」
「紅炎、様。」
「行くぞ紅陽。」

私の目から手を離しさっさと歩いていってしまう。どうすればいいのだろうか。このまま白龍様を置いていっては行けない気がする。

「……白龍様。私の事は紅陽とお呼びください。貴方が私に敬称をつけて呼ぶいわれはありません。もし付けたら私は何回でも言います。紅陽とお呼びください、と。もし、それが言わなくなったときがあるならばそれは貴方の良心である紅陽が戻ってきた証です。それでは。」

過去の私が白龍様の良心だったというのなら、今の私はそれを奪った存在だ。誰かの幸運は誰かの不運でもある。そういう事だ。
けれど、今は私であるから白龍様の良心にはなれない。もし、記憶が戻った時存分に慰めればいい。少しの間いなくなってすまない、と。
さて、主様は私に何の用だったのだろうか。


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