不感体温

たぶん、それは若気の至りというやつで


いや、うん。戻ろうとしたんだ。なのに、なんで俺はスラムの人に捕まってんの。
ホテルまでの道を歩いてたら急に脇道から手が伸びてきて引っ張られるし、そいつに壁際に追い詰められた。
体をまさぐる手が気持ち悪い。

「あ、あの……。やめて下さい。」
「はっ。ねぇちゃん、運が悪かったなぁ。今は国軍があの盗賊に掛かりっきりだから助けなんて来ねぇよ。」

腕を一纏めにされて頭の上で拘束される。この男くそ馬鹿力だ。捻っても拘束が取れない。
意識が腕に向いていたら首筋にぬめりとした感触が這った。

「ひっ。」

なにかと見ればそれはやはり男の舌。男はそのまま鎖骨まで舐めた。口を離す時にぬちゃっという音がした。それに、耳まで犯されている気分になる。
嫌だ。気持ち悪い。吐き気がしてくる。助けて、誰か。やだ、助けてよシンドバッド……。

「助けろよぉ、シン……!」

口から流れるように滑り出てきたのはあの男の名だった。あいつなんかに助けられたくないのに、でも、この男は怖い。"昔"はすぐに助けに来てくれたのに、なんで今は来てくれないの。涙が零れそうになるのを堪えるために目をつぶるとさらに恐怖が増した。

「っぐはぁ。」
「大丈夫か!紅陽!」
「シンド……バッドさ、ん。」

上にあった圧力が一瞬にして消えた。瞑っていた目を開けると目の前にはシンドバッドがいた。ぽろりと1粒涙が流れ落ちた。もう、それで最後の緊張が切れた。

「うぇ………ぅぅぅっひっく。うぅぁ。」

シンドバッドの服にしがみつくと、シンドバッドは俺を抱きしめた。まるで離さないとでもいうように。でも、それが今の俺には一番効いた。恐怖に硬直していた体が弛緩していく。

「すまん。遅くなって……。」
「護るって言ったのに!約束、したのに……遅いんだよこのバカシン。」

また、流れるように言葉が出てきた。何だこの感覚は。シンドバッドも俺を驚いたように見ている。

「思い出したのか、紅陽。」
「ち、違う。ただ、口が勝手に。」
「……そうか。でも、体が思い出し始めてるってことだな。」

そう言ってシンドバッドは満面の笑みを浮かべた。
あぁ、俺はこの人を好きだったのだろうか。じんわりと心が暖まる。けれど、やはりどこか気に食わないのだ。
まるで俺の中に人格が2つあるみたいな。なんて思ったり。
でも、そういうの考えるのは後にしよう。

「シンドバッドさん。帰りましょうか。」
「あ、ああ。」

今は落ち着ける貴方と落ち着ける場所で笑い合いたい。一緒にいたいと思うのはダメだろうか。

「紅陽!」
「え……っうぐ。」

油断していたのがいけなかった。俺を襲っていた奴が首を絞めてきた。さっきの事もあって腕に力が入らない。くそ。意識が遠く、なっていく。
あぁ、もうダメ。

脳裏に見えたのは誰かが笑顔で手をこまねいている姿だった。




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