可愛いは正義

たぶん、それは若気の至りというやつで


「起きてください」

体を揺すられて意識が覚醒してくる。目を開けるとジャーファルが俺を起こしていた。
まだ夢現の中にいてぼんやりしている。なにか懐かしい夢を見ていた気がする。
何処か懐かしくとても愛しい夢を。


「そろそろ起きて準備して下さい。あなたは人一倍かかるんですから。」
「はぁ。」

準備っていってもただ、服着るだけだろって思った俺が馬鹿だった。そうだ、女物着るんだ。そりゃ時間かかるわな。

「俺、夜もこれ着なきゃいけないんですか?」
「シンが言っていたので着てください。あなたは金属器使いですが、使い方も忘れてしまったのでしょう。そのままでいると危険ですよ。」
「女の格好でも危ない気がする……。」
「四の五の言わずに早く着替えてください。」
「わー!引っ張らないで!自分で着替えられるから!」

モタモタしてたらジャーファルに服を脱がされそうになる。なんか、この感じ懐かしいなぁ、なんて。そんな事あるわけないのに。

「よっし。出来ましたよジャーファルさん。」
「上出来です。ならば、シンの所に行ってください隣の部屋ですから。」
「分かりました。」

トコトコと慣れない靴で歩く。それにしても俺ってこんなに靴小さいんだ。身長はそこそこあるけど足は今まで履いていたのがでかかったもんだから小さいとなんか違和感。
下を向いて歩いていたらばふっと音をたてて何かにぶつかった。

「む。……あ、シンドバッドさん。来ましたよ。」
「ん?ああ、紅陽か。じゃあ全員揃ったところで行こうか。」

どうやらぶつかったのはシンドバッドらしい。憎らしやいい筋肉している。まぁ、そんな事は置いといて。

「あの……アラジン達は?」
「君がなかなか起きないからね先に行ってしまったよ。」

俺、置いてかれたのか。あーああわよくばアラジン達に付いていったのに。なんで、俺がシンドバッドと行動を共にしなければいけないのか。甚だ疑問だ。金属器が使えないと分かっていたのなら連れていかなけれは良いのに。俺は大人しく待ってるのに。三十路のおじさんがそんなに活発に動けないって。

「そんな残念そうな顔するな。またすぐに会えるさ。」

余程嫌そうな顔をしてたのだろうか。顎を持たれて顔をシンドバッドの方に向けられる。満面の笑みを向けられたけど貴方のこと嫌いだから見せられてもねぇ?

「はぁ。というか触らないで下さい。」
「シンさん、そろそろ行かないとやばいっす。」
「もうそんな時間か。では、俺達も行こう!」

お前が伸ばしてたんだけどな。とは言わないでおこう。
それにしても、マスルールはいい奴だなぁ。干渉してこないし、口数少ないし。適度な距離を保ってくれる人は好きだ。シンドバッドみたいにズカズカ入り込んでくる奴は受け付けない。
シンドバッドと隣で歩くの嫌だからマスルールの隣に行こうかな。

少し歩くのを遅くしようとしたらシンドバッドに腕を掴まれた。振りほどこうにもシンドバッドの馬鹿力で掴まれているからほどけない。

「あの、掴まないで頂けますか。痛いんですけど。」
「紅陽は俺の隣で歩いていろ。」

低い声で言われる。その声に少し驚いてシンドバッドの顔を見る。でも、すぐに後悔した。見なければよかった。
シンドバッドの目には狂気が滲んでいた。蛇のように巧みに隠しながらも僅かに滲み出す狂気。何故それが俺に向けられているのか。初めてシンドバッドを怖いと思う。この目を見続けていたら俺は囚われる。
不自然なくらい勢いよく目をそらした。

「早く……行きましょう。」
「ああ。」

その後シンドバッドが俺の手を離す事はなかった。時折強く握ってくる手が俺の恐怖をさらに助長させていった。

***

「大きい屋敷ですね。スラムと大違いだ。」
「バルバッドは貧富の差が大きいからな。昔はこんなに差は無かったんだが…。」

シンドバッドは未だに俺の腕を掴んでいる。せめて腕じゃなくて手だと痛くなくていいんだけど。そっと掴まれていない方の手でシンドバッドの手を下げて手をつなげる。するとシンドバッドは俺を驚いた顔で見たあと破顔した。すかさず恋人つなぎにされたのは見なかったことにしよう。

「にしても寒いですね。息が白い。」
「こっちに来ればまだ風が凌げるぞ。」

そう言って引っ張られたのがマスルールの背中だった。いや、まあ確かにマスルールおっきいし風避けにはなるけども。

「風避けにしないで下さい。」

だよなぁ。俺だって風避けにされるのはいやだ。でも寒いのもやだ。

「早く終わらないかな……。」

金持ってる奴は暖かい家に篭っていてもってない奴は外で飢えてる。こんな胸糞悪いことは無い。イライラする。だけど、俺は関わってはいけない。だって関わってしまったら"原作"が変わってしまうから。

「紅陽?どうかしたか?」
「シンドバッド……さん。」

この体の俺はこの人を知っているのだろうか。身体はとても素直で胸が高なっているのに何処かこの人を拒絶している。

愛しい?憎い?

違う、そんな生易しいものじゃない。
この感情は………。

「こらっ、そこの三人!!しっかり警護しろ!!まったく…国軍の手が足りずたった三人の警備兵など不安で飯も食えぬわ…!!しかも、1人は女ときた。」
「食ってますね。」
「あったかいへやであったかい飯を……いいご身分だな。」

考え事をしている間に家主が窓際に来ていたらしい。ここの金持ちは皆太っているのか。汚らしい音を出しながら肉を食っているからますますイライラしてくる。しかも俺を女と思っていることにもムカつく。

「おい、女。こっちを向け。」

おいおい、下心丸見えで言ってんの分かるぞ。つか、女にしか見えない俺の容姿って。少し落胆しながら上を向くと息を飲まれた。

「なんの御用でしょうか…?」
「いい顔しているじゃないか。こっちに来て相手をしろ。」

ああやっぱり。だからこの容姿が嫌いだ。"昔"から女に見られる。

「紅陽は俺のでね。渡すわけにはいかないんだ。」

蔑んだ目で家の主を見つめていたらシンドバッドが間に入ってくれた。でも、俺お前のじゃないけど。色々言うとややこしくなるから言わないけど。でも、その心遣いが今の俺にとっては嬉しかった。

「シンドバッドさん、ありが……っ!」
「危ない!」

シンドバッドにお礼を言おうとしたら背中に殺気を感じた。すぐあとにシンドバッドに腕を引かれて胸に飛び込む。

「な、に。」

後ろを振り返ると子供を抱え包丁を持った女性がいた。その顔には必死さしかない。人を殺すことは生きるためだとでもいうように。

「邪魔すれば殺す……!今日この子に食べさせなければ飢え死にしちまうんだ。この子で三人目だ。もう、国に高い税と一緒に子供の命を奪われるのは嫌だ!!」

その悲痛な叫びに思わず手が伸びる。可哀想だと思ってはいけない。可哀想と思ってしまえばそこで格差が出来てしまう。けれど、この人達は悲惨だ。

「貴方は………。」

べチャリと腕に何かが付いた。辿ってみるとそれはあの家主が食べていた肉で。

キモチワルイ

あー、もう無理。肉は俺の腕、直じゃなくて服の上に落ちた。だけど、これ借り物なんだよ。おじさん怒る。激おこなんだよ。

「…あ゛?テメェ何やってんだ。食べかけ落としてんじゃねーよ。そもそも、てめぇらが私利私欲の為に税を使ってるからこんな警備しなきゃならねーってのに何様だ。この服も借り物なんだぞ。弁償しやがれ。」

糞が。と言いかけた所ではたと気づく。俺、そういや女の振りしていたんだった。やっべ。まぁ、いいか。どうせ、シンドバッドがどうにかしてくれるだろ。

「シンドバッドさん、後よろしくお願いします。俺ここにいると胸糞悪くなるんで先に戻ってます。」
「な、紅陽、待て!」
「そもそも、この件ってシンドバッドさんが国王から受けたんであって俺が受けたわけでは無いからやらなくてもいいですよね?」

虚をつかれた様な顔をするシンドバッド。それに背を向けてホテルに戻った。


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