宵の明星

Step.96 5

side宵

「玉章ぃぃい!」

叫びながら玉章に斬り掛かる猩影に体が流れる様に動いた。この妖怪を殺してはいけない。何故かそう思った。この時代に場違いなほど力を欲している妖怪。だからかもしれない。この時代に場違いだからこそこの時代はこのような妖怪を欲しているのかもしれない。なんて思わなきゃ俺はどうしてこの行動をしたのか分からなくなってしまう。
ただ、それぐらい、それぐらい無意識に体が動いたんだ。

猩影の刀で前を斬られる。滑らかに俺の体を傷つけた刀からはびちゃびちゃと血が流れ落ちていく。

「な、んで!」
「ぐぅっ!……殺さないでくれ。お願いだ…。」
「夕月さん退いてくれ!俺はそいつに家族同然の仲間を殺された!夕月さんがそいつを守る道理もないはずだ!」
「ないよ。…そんな大それたことなんて。だけど。」

ちらりと玉章を見る。目があった途端わかった気がした。
似ているんだ。玉章と俺は。だけど、似ていない。意味が自分でも分からない。だけどそういうことなんだ。
玉章に自分を重ねてしまっている。こんなこと、いけない。敵に情を移してしまうなんて。分かってる。分かってるけど!

「その勝負少し待った!」

声が聞こえた方に視線を向けるとそこには初代がいた。その後には年配の男性。その男性がいきなり巨大な狸になり土下座をしてきて、玉章を助けてくれとのたまった。

その瞬間俺の心は冷えきった。
いるじゃないか。あいつには心を通わせられる親や仲間が。何が俺と似ている、だ。全く違う。あいつはまだ温い。温すぎた。

「もう、なんなんだよ……。」
「夕月、さん?」

猩影に話しかけられたけどもう返す気力もない。神なんてもの信じてないけど、もしいるとしたら不条理すぎる。何故、あいつにはあって、俺にない。何が違う。どこが違う。どちらも可哀想な子供だったではないか。

「疲れた……。」

どうとでもなればいい。玉章が死のうが生きようが俺にはもう関係ない。

ふらりと後ろに倒れる。周りの景色がゆっくりと移り変わっていく。だが、それもすぐに終わった。

「あ、ぶねぇな。ほら、しっかりしろ。傷直してやっから。」
「鯉伴様…。」

あぁ、打ち明けられたらどれほど楽だろうか。俺は貴方が愛した山吹乙女の子供だと。
俺はもう充分苦しんだじゃないか。悩んだじゃないか。絶望したじゃないか。

言いたい。だけど、そう思う度頭の中でぐるぐると母さんの言葉が回る。
この人を守らなければ。俺はその為だけに生まれてきたようなものだろう?だって、俺は山吹乙女と奴良鯉伴をつなぐ"もの"だろう。ものがどれだけ願っても所有者の意思には逆らえない。

母さんの子供じゃなかったらどれほど楽だっただろうか。普通の生活を送れていただろうか。でも、決してこの組には出逢えてなかったのは確かだろう。奴良鯉伴の子供だったからこそリクオ様に会えて、この組のみんなに会えた。
それがどれ程の奇跡かなんて分かってる。だけど、思うくらいいいじゃないか。



母さん達と普通の家族でありたかった。
家族皆で笑い合って、泣いて、怒って、また、笑って。
何故、それ程の願いも叶えてはくれないのか。

一筋涙が流れた。顔を伝い、首筋を冷やす。滲む瞳の向こうに"鯉伴様"の驚いた顔が見える。
あぁ、何故俺の事でそんな一喜一憂するんだ。俺はあんたの所有物。ものに情なんて持っちゃいけない。

あんたは本当、優しいなぁ。




やっと、だ。やっと区切りがつけられる。
"僕"はもう"俺"で夕月で鯉伴様を守る道具だ。そのことに心のどこか奥底で痛みが感じるような気がするけれどそれだけだ。
あとはただ、復讐する為にずっと一緒にいればいい。気づかれたら離れて何処かでひっそりと消えればいい。使われる必要が無くなった道具はさびていくだけ。



本当に最後だから、聞いてもいいかな。


「ねぇ、鯉伴様。"僕"に気づいた?」

僕に気づかなくてもいいから、母さんだけは思い出して。
どうかお願いだ。それだけでいいから思い出してくれ。母さんがあんたに抱いた思いを消さないで。

涙が溢れて止まらない。泣いて泣いて泣ききった後には夕月になるから今だけは、宵で泣かせてくれ。
痛い、心が痛いよ。


父さん……。






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