宵の明星

Step.96 4

「やはり、貴方と戦う事になるんですね。奴良鯉伴。」

ゆらりゆらりと鯉伴に近づいたのはどこか遠くを見ているような妖怪の姿の宵。その目は決して鯉伴を見ず、鯉伴のその向こうを見ているようだ。

「夕月……?なんで、おめーが…。」

うっすらと笑みを浮かべ刀を鯉伴に向ける。鯉伴にただ歩くように近づく様は隙があるようでない。

「玉章様が貴方を倒せと言ったから、俺は貴方の相手をしている。それだけのこと。」
「なんで、あいつなんかについてんだ!お前は…!」
「玉章様が、俺を拾ってくれたんだ。恩を返して何が悪い!」
「ちげぇ!お前を拾ったのはこの俺だ!」

嘘だ。そんなはずないと、うわ言のように呟く宵。鯉伴はその隙を見逃さず宵に近づき背後をとった。
後ろから羽交い締めにし、顎を掴み上に向かせ鯉伴の顔を見えるようにする。鯉伴は宵の瞳の中に自身が写っていることに少しの愉悦を覚えた。宵は近くにある鯉伴の顔を見つめ、目を見開く。

「あ、ぁあ、あ、あ、ぁぁああ!やめて、来ないで…。俺がすべて悪いから…!もう、やめて!」
「夕月!しっかりしろ。」
「俺が、全て、悪いから。どうか、かあさんだけは、きずつけないで。」

涙を流しながら鯉伴にいう。体は微かに震えており、目も焦点が合っていない。けれど、口調は意思を示すかのようにはっきりしている。
その姿に鯉伴は眉をひそめた。いつもなら決して見せないその姿に宵の闇を感じたのだ。
鯉伴は安心させる様に宵を正面から抱きしめ頭を撫でた。

「俺が全て守ってやる。」
「嘘だ!そう言って、母さんを死なせたのは、お前じゃないか!」

ぽろほろぽろぽろ大粒の涙が流れ出る。宵の体を捻って抜け出そうとするが鯉伴が抱きしめ続け抜けられない。

「生きている!お前の母親はお前の中で生きているじゃないか!お前が忘れない限りお前の母親はお前の中で生き続ける。」
「そんなの、お前の戯言だ!……だって、かあさんはここにいない…。存在しない。俺を愛してくれたかあさんはもう、どこにもいないんだよ!」
「てめぇは馬鹿か!言ったろ!お前の中に生きているんだよ!」
「違う、そうじゃない。例え、俺の中にかあさんがいたとしてもそれは俺を愛してくれたかあさんじゃない。お前をただひたすらに愛してしまった女がいるだけなんだよ!」

悲痛な宵の叫びに鯉伴は一瞬口を閉ざした。

「なぁ。夕月。お前の中に母親はいないというのならなんでそこまで泣けるんだ?どうして、ただ俺を愛しただけの女にそんなに泣けるんだ?」

鯉伴はさっきとはうって変わって優しく問いかけた。鯉伴の声に宵は肩を震わせる。

「お前の中にまだいるんだろ?お前のかあさんが。だから、今度こそ守らせてくれ。お前とお前の母親を。」

宵は体から力を抜く。そして、濡れている顔を乱雑に拭ったあと不敵に笑った。

「………正解、だ。鯉伴様。ようやく解けた。この借りはきっちりと利子付きで返してやる。」


***

「俺が玉章に守らされていた刀がある。」
「刀?」
「あぁ。多分あれは……。」

宵が刀の名前を言おうとした瞬間目の前に一閃が走った。無意識に鯉伴を庇おうとして、鯉伴を飛ばす。自らも間一髪の所でその一閃を避けた。

「ぎゃぁあああ!」

宵達が避けたことでその後ろにいた敵妖怪達が閃光の餌食になる。その様子に鯉伴と宵は呆然とした。

「なっ…。」
「味方の妖怪ごと斬ってやがる。」
「夕月……あの刀、なんなんだ。あの野郎が刀を振るたびおそれがましてやがる。」
「あれは、"魔王の小槌"。斬る度にそのおそれを背負っていく。」

苦虫を噛み締めたような顔をし、玉章がいる方向を睨む。

「あんの、糞ガキ。使わないって言ったじゃないか。」
「夕月?」
「いえ、なんでもありません。というか、総大将がこんな所で油売ってていいんですか?」
「今日は俺が引連れて来たんじゃねぇ。リクオだ。」
「リ、クオ、様……?って、ええ!?尚更なんでこんな所にいるんだよ!怪我してないかな……。」

ブツブツと言いながら歩きを早める宵。だが、決して鯉伴の側を離れようとはしない。その様子に鯉伴はふっと笑い宵のあとに続いた。



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