宵の明星

Step.96 5

「まだ、見えない、のか……。」

勢いよく宵は飛び起き、白い布が顔から落ちる。宵が目が覚めた所、そこはぬら組の屋敷だった。だが、宵の目はまだ癒えておらず包帯が巻かれ、宵にはそこがどこだか分からない。顔を回しながら辺りを伺っているとカラカラと音をさせながら、障子を開き狂骨が入ってきた。入ってきた気配が慣れ親しんだものでは無い事に宵は眉を潜めた。

「誰だ!」
「え……なんで……え?」

狂骨は目を見開き、口元を抑える。狂骨やぬら組の妖怪全ては宵は死んだと思っていた。だからこそ顔の上に白い布を被せ、死に装束を着せたのである。しかし、宵はそんなことは露知らず狂骨を警戒していた。

「と、とりあえず誰か呼んで来なくちゃ!」

狂骨は慌てて踵を返した。宵は未だ警戒しながらも敵意を見いだせずまた布団に横たわった。なにも見えない目を閉じため息をつく。そして、宵は思案する。何故、自分は生きているのだろうと。今自分が感じているこの感覚は生きている事を裏づけている。しかし、あの時確かに死んだはずだった。

「宵!」

怒鳴り声で名前を呼ばれた。その声は、鴆だった。その変わらない声に薄く笑う。

「どうしたの?鴆。」
「どうしたの?じゃねぇ!なに勝手に死んでやがる…!」
「勝手じゃないよ。多分、鯉伴様は分かってたんじゃないかな。僕が白銀を使った時点で。」
「はぁ?」
「あの刀は鯉伴様から貰ったものだから。」
「だぁあ!もう、なんでもいい!包帯取り替えるぞ。」

言葉は乱雑だが、宵の包帯をとる手はとても優しい。そのギャップに宵は密かに笑う。

「なんで笑ってんだ。」
「あれ?バレてた。」
「当たり前だ。」
「なんかねー。嬉しいんだ。こうやってまた鴆と話せることが。でも、俺は多分晴明の術によって生き返させられたから、こんなこと思っちゃいけないんだけどね。」

乾いた笑いのあと深いため息をついた。重く長いため息。そして、ふと思い立ったように手を叩く。

「ねぇ!鴆!母さんは大丈夫?」
「あぁ…あの、ねーちゃんか。いや、まぁ、元気っちゃぁ、元気だけどよ。」
「………そう。よかった。」

宵は安心したように胸を撫で下ろす。

「夕月!」

突然、鯉伴が入ってきた。突然の大声にびくりと体を揺らす。鯉伴は走ってきたのか呼吸が荒い。宵が鴆と話している姿を見て、信じられないという顔をする。

「ほ、本当に生きてるのか…。」
「ええ。ちゃんと生きてますよ二代目。触れてみればいい。」
「ちょっと!鴆!」
「別に良いだろう?触らせる位。」

目に見えて挙動不審な行動をする宵。その様子に鯉伴は優しく笑った。そして、実感する。宵が生きていて、そこにいるのだと。そっと宵に近づき、頬に触れた。

「わっ。」
「夕月……あぁ、違った。この名ではもう呼ばない方がいいんだよな。俺に本当の名を教えてくれないか?」
「……僕の名前なんてとうに知ってるだろう。」
「お前の口から聞きたいんだ。」

何度か口を開きかけは閉じる。そして、意を決して宵は名を告げた。

「………宵。」

ボソリと小さく名を告げた。その名に鯉伴は泣きそうになる。山吹乙女が付けた名。そこには、妖怪と人間の架け橋となれる存在になって欲しいという願いが込められていた。人間を愛している山吹乙女だからこそ付けた名。
鯉伴は宵を抱きしめる。

「宵……宵、か。とても、いい名だ。」
「鯉伴、様?」
「宵、違う。父さん、だ。宵、お前は俺と乙女の愛しい子供なんだからな!」

鯉伴の言葉に宵の涙腺はついに決壊した。炎症を起こしている目に涙は染みたが、そんな些細な事は宵にとってはどうでも良かった。

欲しくてやまないものが今手に入った。

どうしようもなく嬉しくて、宵は鯉伴を抱きしめ返した。

「っ!気づくのが、遅い。」

悪態をついた宵に鯉伴は嬉しそうに笑い、さらに強く宵を抱きしめる。



ふわりと、微かに香る山吹の香りはそんな2人を包み込んだ。





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