宵の明星

Step.96 3

落ちてくる宵をリクオは受け止めていた。宵はリクオを見つめているがどこか焦点があっていない。

「夕月?」
「その声は……リクオ様、ですか?」
「どう見たって俺だろ。」
「目が、見えないんです。多分、さっきので何かされたんでしょう。」

微かに宵は微笑んで自らの足で立つ。だが、その頬には血の涙の跡が浮かんでおりまさに道化師のようだった。

「リクオ様…。僕をどうかあの女性の元へ連れていって貰えますか。」
「あ、あぁ。」

リクオは宵の手を引きながら鯉伴に抱えられている山吹乙女の所まで連れてゆく。山吹乙女は意識が微かにあり荒い息をしていた。鯉伴は必死に傷に手を当てているが流れ出る畏に追いつかない。

「夕月…。」
「……ありがとうございますリクオ様。」

宵は山吹乙女の場所を確かめるために手を闇雲に伸ばす。その手を鯉伴は山吹乙女の顔の元へと引いた。顔の輪郭を確かめる様に何度も何度も頬を撫でる。

「……宵……?」
「…うん。」
「本当に、宵なのね…。あぁ、もっと近くに。妾(わたし)に顔を見せて……。」

宵は山吹乙女を覗き込むような体勢になった。先程まで流れていた血が山吹乙女の白い肌にぽたぽたと垂れる。宵は泣きそうになりながら震える声で言う。

「……母さん。必ず、助けるから……最後にどうか笑って?」
「宵?どういうこと…?」
「お願いだから、笑って。僕に最高の笑顔見せてよ。これで最後の我が儘、だからさ。」

山吹乙女は戸惑いながらも宵を弱い力で抱き寄せる。そして、満面の笑みを浮かべた。

「最後なんて言わないで。もっと我が儘言っていいのよ?私の残りの命はもう少ないけれどその中で精一杯の事を貴方にしてあげたいの。今まで、出来なかった事だから。」

宵は今は見えない母の笑顔を想像しぎゅっと山吹乙女を抱きしめた。

「……うん。じゃあ、もう一つ追加だ。"父さん"と仲良く、ね。離れ離れに暮らしてたんだ。めいいっぱい愛して貰って。」
「ええ。あの人が許すのならば…。」
「大丈夫だよ。僕の"父さん"は懐が大きいんだ。母さんも知ってるでしょ?」
「…そうね。」
「母さん。……母さんがずっと、ずっと笑える事を願ってるよ。」

宵は体を山吹乙女から離すと持っていた白銀で山吹乙女の心臓を突き刺した。

「え…?」
「なっ!夕月、何やってんだ!」
「夕月!お前、こいつを助けたいんじゃないのか!」

鯉伴とリクオが宵に詰め寄るが宵は何も反応を示さない。ただ荒い息を繰り返している。山吹乙女はその様子をしたから見え、宵がやろうとしている事を理解してしまった。

「宵!やめて!お願いだから……。妾が生き延びても、貴方がいなければ妾は、妾は……。」
「絶対に、やめない。……お願い。母さん。止めないで。"俺"という存在を否定しないで……!」

宵の足から力が抜けがくりと崩れ落ちる。鯉伴は山吹乙女と宵を支えるが、それでも宵は白銀から手を離さない。
山吹乙女はボロボロと涙をこぼしながら鯉伴に訴える。

「り、鯉伴様!この子を、宵を止めてください!この子は、自分の命を妾に与えようとしているのです。そんな事したら、宵が死んでしまう!」
「おい、夕月!やめろ!俺が、乙女の傷は癒してやるから!」
「その名で呼ぶな!……僕はもう、夕月ではないし、これが"夕月"の生きる意味だった!」
「どういう、ことだ。」
「母さんがあの女狐に身体を奪われたと知ってから"俺"の生きる意味はこの行動のために合ったんだ。俺の命を与えれば母さんは生きられる。生まれてきてはいけなかった僕が最大限に出来ること。」

宵は小さく咳き込み吐血した。鯉伴は呆然としていた意識を戻し宵を白銀から離そうとする。一瞬見えた宵の手のひらは焼け爛れていた。けれど、宵は自身が死にそうなのにも関わらず心底嬉しいとでもいうように笑った。

「………ぁぁ、これで、終、わる。」

宵が目を閉じふらりと揺れる。山吹乙女は目を見開き涙がとめどなく流れていた。その顔は生きている様に紅潮し宵の生命力が流れたのが一目瞭然だった。

「さ、いごに……。母、さん、と、と……さんのかお、みたかっ…………。」

とさっ、と宵は倒れた。
血に濡れたその顔はしかし、微笑んでいる。

「宵……?宵!?あ、あぁあ!い、やぁぁああああ!」

その場には山吹乙女の叫び声だけが響いた。


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