宵の明星

Step.96 1

宵の目には涙が溜まっていた。黒金で羽衣狐を斬れば羽衣狐だけが倒せるはずだった。けれど、宵自身の力が至らなく倒すことはできなかった。そのことに宵は涙を浮かべたのだ。

「くそっ!くそっ!くそぉおおお!」

自らの手が血塗れになるのも構わず地面に叩きつける。鯉伴はそれをやめさせようとするが宵のその悲惨な姿に何も出来ない。
カチャッと音が小さく鳴った。その音は宵の耳には一際大きく聞こえた。音の元へ目を向けるとあったのは黒金と白銀。

"黒金は、全てを灰に返し、白銀は全てを生き返らす。"

その言葉が宵の頭に過ぎった。

「白……銀…。そうか、まだ合ったよ。母さん。」

ふわりと嬉しそうに宵は笑った。だが、次の瞬間苦しみ出す。痣が発熱したように痛みだし、全身に激痛がはしる。顔を手で覆い、痛みを逃がそうとするがその行為も虚しく終わる。

「な…ぁあがっ!……ゎらわは、ま、だ、終われぬ……くくくっ。まだ、依代があったなぁ。」

そこにいたのは、宵ではなかった。羽衣狐は山吹乙女という器を壊されても尚しぶとく生き延び今度は宵の体を奪ったのだ。安倍晴明を産むという悲願が達成された今女の器というこだわり等なくなっている。

「夕月…?」
「……ふん。退け、奴良鯉伴。今はそなたに構っている暇などない。」

見下げるように鯉伴を見ると宵は晴明がいる方へ目線を向け、宙に飛び上がった。

「頭が割るように痛かった…。」
「夕月!?」

突然の宵の登場に、ぬら組の妖怪たちが驚きの声をあげた。気にした風も見せずに宵は九本の尾をだし叫んだ。

「あれは、せいめいお前が後ろで糸をひいておったのか!答えよ晴明!」



「すまぬ母上…。」

現れた晴明に宵は頬を染める。愛しいわが子を見やり、目を伏せ、着物の裾で口元を隠している。その姿はさながら恋をしているようだ。

「あ…あぁ。晴明…お、お前が望んだことなのかえ…?」
「すまない…"あの女児を母上に"と地獄からあてがったのは私です。こうなるとは思っていなかった…。」

晴明の悲しげな声に羽衣狐は慌てる。そして、手を伸ばし抱きしめた。

「おお…おお……もういい。もういいのじゃ……!近う…近う…。おおぉ。晴明…。やっとこの手に…。」

しかし、親子の時間はそれ程長くはなかった。突如羽衣狐の背後に現れた地獄の門。それに引っ張られるようにして羽衣狐はおちてゆく。
鯉伴は宵の体ごと落ちてゆこうとする羽衣狐に目を見開き、近くに落ちていた黒金と白銀を拾い、宵の元へ飛んだ。そして、黒金を鞘から引き抜き、宵の胸へ突き刺した。

「出ていけ。羽衣狐!」
「あ、ぐっ。」

背後から刺され吐血する宵。その体から羽衣狐本体が出てき地獄の向こうの巨大な手に捕らわれる。鯉伴は気を失った宵を抱えながらその場を離れリクオの近くに降り立った。

「あ゛ぁあ゛ぜいめい゛ぃあいじでるぅ!」

鯉伴は自らが刺した傷に手で光を当てながら地獄に落ちていく羽衣狐をみた。

「狂い、身を滅ぼしたか。」
「親父…?」
「子供への行き過ぎた愛は身を滅ぼす。子供に地獄へ落とされてなお愛してる、か。でも、確かに俺も同じことするかもなぁ。」

さらりと宵とリクオの頭を撫でる鯉伴。その目は愛おしい者を見る目だった。親の子に対する愛だった。

「ぅう゛。」

宵は鯉伴に触られゆっくりと目を開ける。そしてその目が山吹乙女を入れたとき、はらりと一粒涙がこぼれた。

「か、ぁさん…。」

手を伸ばし、山吹乙女の頬に手を触れる。その冷たさに一瞬ぴくりと手を止めるが暖めるように頬を摩った。鯉伴から離れリクオに抱かれている山吹乙女を見やる。ぽろぽろと落ちる涙は山吹乙女の顔に落ち流れていく。リクオから山吹乙女をそっと渡され、もう離さないとでもいうようにきつくきつく抱きしめた。首元に顔を埋めグズグズと鼻をすする。

「晴明!千年振りだぁああ!!!」

そんな四人の上では土蜘蛛が晴明に拳を振り上げていた。

「懐かしい顔だ。……滅。」

だが、その拳は晴明に易々と防がれただの一言で倒されてしまった。落ちていく土蜘蛛に潰される妖怪もいた。鯉伴とリクオは宵達を抱えその場を飛び退る。

「随分、キタナイ街になってしまった。我々の棲むべきところには、ふさわしく…ない。」

晴明が刀を一振りしただけで、京都の街が壊されていく。

「もう一度造り直さねばな……。」

京都の街を見下ろし刀を眺めた。その切れ味ににやりと笑い鏖地蔵を見やった。

「うん。いい刀だ。ご苦労だった山ン本五郎左衛門。」


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