宵の明星

Step.96 9

side宵

光が眩しい中、見えたのは鯉伴の顔だった。驚き戸惑う表情。そして、刀を"俺"に振り上げる姿。あぁ、俺はもう、用済みなのか。なんとなくそう思った。"夕月"という者はもう、存在してはならない。用がなくなった道具はただ死にゆくまで。
母さんの体を取り返すまであともう少しだったけれど、もういらないのならしょうがない。"俺"は消えよう。だから、最後に、今まで使ってくれたお礼に。

笑おう。

「鯉伴様。ありがとう、ございました。」

そして、鯉伴に俺は斬られた。

重力にそって体は落ちていく。"僕"を追いかけるようにして鯉伴が一緒に落ちてくる。来なくていいのに。目の前には母さんがいるんだぞ?助けなくていいのか。昔、1度は愛したことのある女だろう!

「夕月!」

あぁ。その名で呼ぶな。僕はもう、夕月じゃないんだ。やめてよ。やめて。僕にもう、暖かさを与えるのはやめてくれ。
欲しくなってしまうんだ。もう、手に入らないものだと分かっているけど、望んでしまうんだ。だから、あんたがそんな思いしないように母さんだけは助けたかったのに。用済みだときったくせに。なんでまた助けるの?

地面にぶつかる既のところで鯉伴が僕を掴んだ。そして、あわてて傷口に手を当て光を翳してくる。

「死ぬな!死ぬんじゃねぇぞ夕月!」

上を見上げると必死の形相をした鯉伴。何をそこまで焦るのだろう。あぁ、敵に背中を向けてはいけないじゃないか。ほら、すぐそこまで羽衣狐の尾が来ている。
鯉伴の腕を引っ張り、転がった。

「っぅ!」

その際の振動が斬られた所に響いた。だが、止まるわけにはいかない。ここで止まったら奴良鯉伴という妖怪が消えてしまう。そして、羽衣狐に食べられさらにあいつは力を得る。そしたら、母さんを助けられない。
続いていた衝撃が止まり、物陰に身を潜める。

流れ出す血をちらりと見た。多分、もう少しで塞がるだろう。それよりも、今は羽衣狐だ。どうにかして母さんを取り返さなければ。上を仰ぎみると、信じられない光景が目に入った。リクオ様が1人で羽衣狐と戦っている。咄嗟に走り出そうとしたが、何かに止められた。後ろを振り向くと、案の定鯉伴が着物の裾を掴んでいた。

「離して!行かないと。リクオ様が1人で戦ってるんだぞ!」
「その傷で行くつもりか!お前は!」
「こんな傷、後でいくらでも治せる。それよりも、今はリクオ様だろう!?あんたは、最愛の息子を見殺しにしたいのか!」

あんたは、もう、愛しい人を失う気持ちを味わいたくないだろう。そんな思いをするのは、僕だけでいい。絶望を味わうのも、這いつくばるのも、全て僕だけでいい。
僕はあんた達に笑っていて欲しいだけなんだ。そこに僕の描いた理想がある。見ているだけで嬉しいんだ。ねぇ、だから、僕から理想を取らないで。

「……僕は、貴方を悲しませたくない。」
「は?」

意味が分からないとでも言うようにぽかんと口を開ける鯉伴。本当は直ぐにでもリクオ様の元へ行きたいけれど鯉伴も僕にとっては大切な人だから。もう、夕月という道具は所有者によって壊された。だったら、少しくらい宵という人物を出してもいいだろう。……なんて、自分に言い聞かせてる。本当はただ、貴方の子供として、最後に話したいだけなんだよ。ねぇ、父さん。

「…ずっと、母さんから聞かされてきた。僕の父さんはとてもかっこよくて、強くて、仲間思いで、懐が大きい。それを、皆しっているから、皆ついて行きたくなる。共に戦いたくなる。皆、大好きなんだ。僕も長い間共にいて分かったよ。

流石は、母さんが惚れた妖怪だなぁって。」

目を見開き、僕を見つめる鯉伴。決して言葉になんかしてやらないけど、本当は大好きなんだ。だって、母さんが愛した人だ。素敵じゃないはずないだろう。こんな僕にでも愛情をくれた。それが、どれほど嬉しくて泣きそうになったか知らないだろう。でも、その愛情は家族のものではなかったから切なくはなったのだけれど。

「多分、これで最後だ。奴良鯉伴、今まで本当にありがとう。」

涙が流れた気がするけれど、笑えたからいい。
これで、夕月としても、宵としても、別れを言えた。もう、思い残すことなど一つも無い。

だから、ここから去ろうとしたのに。

パァンッという小気味いい音がその場に響いた。そして、少ししてから感じる頬の痛み。あぁ、叩かれたのか、なんて他人事のように思う。

「お、前はっ!馬鹿かっ!」
「なっ。」
「てめぇ、俺を助けるために死ぬのか。リクオを助けるために死ぬのか。……乙女を、お前の母親を助けるために自分が死ぬのか?」
「そんなの、あんたにはどうでもいいだろう!」
「良いわけあるか!…俺やリクオがいつ助けれくれって頼んだ!勝手に死に行こうとするな!」

僕の胸ぐらを掴んで怒鳴る鯉伴。
違う。死に行こうとしてるわけじゃない。ただ、助けたいんだ。僕のせいで不幸になってしまった人たちがいるから。こんな僕を愛してくれたせめてものお礼なんだよ。

「うるさい。あんたには、関係な……っ!リクオ様!」

着物を掴む鯉伴の手を無理矢理にも退けようとした時、リクオ様と羽衣狐のふたりが目に入った。先程まで均衡していたものが、リクオ様が押されてきていた。羽衣狐は九本もの尾を操り、リクオ様の首を絞めていた。無我夢中で走り、ふたりの元へ行くと羽衣狐を蹴り倒した。

「リクオ様!大丈夫ですか!?」
「ケホッコホッ夕月…か…?」
「はい。…リクオ様。遂に鬼纏さえも習得されたのですね。」

咳き込むリクオ様の背中をさする。そこには黒田坊の畏が乗っていて僕にも感じ取れる。あぁ、この二人は信頼しあっている。この2人なら、もしかしたら。と思うけれど、僕がやらなければ意味がない。

「リクオ様。しばしこちらでお休みください。僕……いえ、俺がやります。ですからどうか、ここにいて下さい。」
「おい、なに言って…。」

リクオ様が言い返そうとしたのを手を出して止めた。もう、引き止める言葉なんて聞きたくない。覚悟が鈍ってしまう。最後だ。本当に最後だから。兄としての行動をさせてくれ。

リクオを抱き寄せ額にキスをした。

「はっ?」

驚き方が本当に鯉伴に似ている。そんなところさえ愛しいと思う。この最愛の家族を守らなければ。

そして、俺は、羽衣狐の元へ向かった。


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