宵の明星

Step.96 2

「夕月、ちょっといいかい?」

ある昼の昼食の準備をしていた宵に背後から声がかかった。それは今の今まで姿を消していた鯉伴だった。驚いて目を見開く宵にいたずらが成功した子供のように鯉伴は笑う。

「そこまで驚くことかい?」
「いえ、今までどちらに……?」
「あぁ、ちょっとな。きな臭ぇとおもって京都まで行ってきた。」
「京都?」
「あぁ、案の定あいつがいたよ。"羽衣狐"がな。」

息を呑み何も口に出来ない。その名を聞くだけで顔の痣がざわめきだつ。まるで自分の事だと主張しているように。宵は自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。息が荒くなり、眩暈もしてくる。頭の中がぐるぐると回り鯉伴の方へと倒れこんだ。

「夕月……。」
「……なんじゃ、またお主が妾を呼んだのかえ?憎きぬらりひょんの子よ。妾は今忙しいのじゃ。そなたに構っている暇などない。」
「お前は、羽衣狐、だな。」
「くくくっ。漸く分かったか。…可哀想な子供じゃのう。まだ、実の親にも誰の子か分からせぬままとは。こちらに来れば可愛がってやるというのに。妾の中の女が泣いて喜ぶだろうな。この子供の母親なんだからのぉ!」
「お、まえまさか!」

くすくすと嘲り笑うように笑いながら鯉伴を見下す宵。意識を奪っているだけの羽衣狐に鯉伴は何も出来ない。

「この親子はいい。とても体が馴染む。
一旦妾の姿を見に来るといい。面白いものが見えるぞ?そして、絶望するだろうな。その現実に打ちのめされてな!」

面白くて耐えられないとでもいうように笑う宵。鯉伴は宵の親が羽衣狐の依代にされていることを知り驚き、顔を歪めた。

「おしゃべりはここまでじゃ。待っておるぞ?奴良鯉伴。妾はお主の肝を食べたいのじゃ。」

最後に舌で唇を舐めると宵は意識を失った。それを倒れる前に鯉伴は抱きとめる。宵は小さく呟いた。

「やや子は、悲願のやや子はもうすぐ。」

もう羽衣狐の意識はないというのに目を薄く開けふわりと笑った。

「夕月!おい、夕月!?」
「っ!…鯉、伴…様?」
「あぁ。大丈夫か?」
「はい。すいません…。倒れ込んでしまって。」

意識が戻った宵はするりと鯉伴の腕から抜け出し、途中であった昼食の準備を始めた。

***

深夜、ドタドタと音がして宵が不思議に思い音の中心に近づき、外に出るとそこには巨大な妖が2体と河童が1体いた。突然の事に宵は訳がわからず抜刀する。

「てめぇら何処のどいつだ。ここが誰の屋敷か分かっているのか。」
「ぬらりひょんの屋敷だろう。その総大将に頼まれたんでね。遠野で修行をと。」
「何を戯けたことを!そんな危ない所に初代が行かせるわけ……。」
「本当の事だ夕月。」
「鯉伴!」
「俺と親父の考えだ。リクオは京都に行こうとしている。このままじゃあ手も足も出ねぇまま殺されちまう。俺は、最愛の息子に死んで欲しくはねぇ。だから、修行して貰うのさ。」
「おかしいですねぇ?あっしらには修行で死んでもええと言われましたが?」
「それは俺と親父が理解した死だ。だから納得できる。だが、なにもせずただあいつに嬲られ殺されるのは納得出来ねぇ。遠野さんよ。どうかリクオを頼むな。」

にやりと笑う鯉伴に宵は理解ができなかった。なぜ、そうまでして危険に晒すのか。ようやく出来た子供だろうに、と宵は思う。

「死んで欲しくないのなら!縛ってでもここにいさせればいいじゃないか!京都になんて行かせなくていい。俺が羽衣狐なんて殺してやる!だから、リクオ様は安全なところにいればいいじゃないか…。あんたの大切な、最愛の、唯一の息子なんだろ!」
「それじゃあ、リクオの意思はどうなる。
なぁ、夕月。俺はな、リクオの親なんだ。勿論、死んでほしくはねぇ。けど、これは俺の願いだ。俺は、親だから、リクオの意思も尊重してぇんだ。」

宵はその言葉に心臓を抉られた。親なら、子供の意思を尊重する。なら、鯉伴の子供である宵はどうすれば良いのだろうか。宵は行かせたくないのだ。暗闇から救い出してくれた最愛の弟を見殺しになんてしたくない。羽衣狐という強敵に勝てる自信なんて毛ほどもない宵だが、リクオの為ならば死んでもよかった。むしろ、死ぬつもりだった。母親の体を取り返しさえすればもう、全てがどうでもいいのだ。それが自分だけの犠牲ですめばの話だが。
乾いた笑いを鯉伴に向けた。その顔は泣きそうだった。鯉伴は眉をひそめ暫し考えると宵に近づきその首に手刀を落とした。

「なっ………。」

最後に宵が見たのは哀しそうな鯉伴の顔だった。ぐったりと力が抜けた宵を鯉伴はなまはげに預ける。

「遠野さんよ。こいつも修行してやってくれねぇか。こいつは脆いくせに直ぐに自分だけで抱えやがる。挫けても大丈夫だと思えるような妖怪に合わせてやってくれ。」
「ここにはそういう妖怪いないんですかい?」

乏したように笑う河童に鯉伴は苦笑する。

「恥ずかしいねぇ。全くその通りだ。あぁ、別に組の奴らが悪いってわけじゃねぇ。……多分、俺がいるからだな。ボロを出さねぇようにずっと気を張ってる。ま、あんたらには関係ない事だ!」

そういう鯉伴に遠野の妖怪は何も言わず背を向け雨の中消えて行った。

「死ぬんじゃねぇぞ。二人共。」

鯉伴が残した言葉は2人に届いたのだろうか。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -