宵の明星

Step.96 1

「皆の者集合〜〜!!」

鴉天狗が小さい身体を振り回しながら叫んでいた。そして、なにかを配っている。リクオはそれに気づき何事かと近づき、雪女に"それ"をわたされていた。
渡されたもの、それは羽織であった。それを来て写真を撮る。
そんな光景を見ていた宵は自然と口角が上がっていた。何も無い平凡な日常。それがささくれだっていた心を落ち着かせる。あの泣いた日からその後宵は鯉伴と話をしていない。宵が避けているという事もそうだが、そもそも屋敷にいない。だが、それをどうこう言う者はおらずまたいつもの事だろうと呆れてしまっているのだ。
いつもなら宵がすかさず探し回るのだが、宵が避けていることで誰も探そうとしない。

「仲、良いなぁ。」
「くく。そんな顔しておるなら、貰ってくればいいものを。」

呟いた言葉に返答があったことにハッと宵は意識を戻した。宵は今、本家で療養中の狒々の世話をしている。
本来なら宵自身も世話される側なのだが自分も働くと言って聞きはしなかった。そして、狒々に薬を持ってきたところでさっきの出来事が見えたのだ。


「狒々様…。俺は、鯉伴様に付いている身なのであの羽織は貰えませんよ。」
「……でも、お前さん鯉の坊の羽織も持っておらぬよな。」
「持っていないというか貰えなかったんです。」
「鯉の坊がお前さんに渡さなかったのかい?」

狒々が驚いた様に声を上げた。それに苦笑し宵は続けた。

「所詮俺は鯉伴様の道具ですから。道具をいくら飾っても無駄でしょう?鯉伴様もそう考えたんだと思います。事実、俺の後に入った妖怪は貰っている方多いですし。」
「………はぁ。全く、鯉の坊も鯉の坊だが、お前さんもお前さんだよ。なんで、欲しいとか言わない。言えば直ぐに貰えるだろうに。」
「良いんですよ、別に。貰っても俺には着れないので。」
「何故?お前さんは儂たちの仲間なのに。」
「思い出が……詰まりすぎてしまうから。もし、いなくなってしまったら……。俺はもう立ち直ることが出来なくなってしまいます。」

目線をさげながら言う宵に狒々は息を飲む。その姿があまりにも山吹乙女に似すぎていた。いつも苦しそうに話す時彼女も同じように目線を下げた。その瞳の奥にある自身の感情を晒さないためだろうか。だが、身体全体で苦痛を訴えていて、例え目が見えずとも分かる。山吹乙女や宵は助けを求めていたのだと。

「苦しいのかい?」
「あ、いえ。もう傷は塞がりかけているのでさほど痛みはないです。」
「いいや、そうじゃない。お前さんの心だよ。」
「こ、ころ?」
「あぁ。とても痛そうだ。何か鋭いもので突き刺さったまま抜けないような。
……あまり、根を詰めなさんな。お前さんは少し鯉の坊に甘えてもいいんじゃないのかい?」

狒々の声音は柔らかさに満ちていた。慈愛に満ちた優しい声。そんな狒々に宵は顔から表情を消した。

「俺は、所詮鯉伴様の道具です。俺の感情なんてどうでもいいんです。ただ、有能なものであり続けなければいけない。」
「……お前さんはどうしてそこまで頑なかね。まぁ、お前さんが決めた事をどうこうは言わないが、一つだけ言っておく。なぁに、一つだけさ。」

ふっと口元を緩め笑う狒々。その顔に宵はぞくりと悪寒がした。蛇のような、捕食者に囚われたような感覚。

「ぬら組の仲間意識を舐めるんじゃねぇぞ。」
「っ!承知、致しました…。」

その一言に込められた殺気に宵はたじろいだ。けしてぬら組を乏したつもりはなかったが取りようによってはそう聞こえてしまう言葉を言った。それが狒々の気に障ったのだと宵は気づいた。だが、本心であるあの言葉を撤回することも出来ず、ただ、頭をさげるしかない。

「ま、儂が言いたいのはこれだけだ。お前さんも鯉の坊も精々精進せぇ。」

何事もなかったように笑ったあと狒々は煙管を吹かし始めた。


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