宵が風呂場に向かおうと角を曲がるとその先の角に黒髪が靡いた。

「……ぇ?」

か細く宵の声が響く。宵が見たそれはまさに山吹乙女のものと瓜二つだった。小さき頃から後ろ姿ばかり見ていた宵だから分かる。あの髪は、あの姿は、山吹乙女のものだと。

「か、ぁさん!」

宵は駆け出す。廊下が水で濡れるのも、足音を派手に立てているのも気にせずに走る。宵の口角は自然と上がっていた。母に会える。それだけで宵の気持ちは明るくなるのだ。
だが、一向に走れど母の姿は見つからない。どこかの部屋に入ったのだろうかと思案するが、宵がいる周りの部屋は客人用のものばかりだ。二代目の妻をこんな所に押しやっているはずがないと宵は思った。だが、何気なしに一つの扉を開く。その扉は宵の部屋からは一番遠く置かれている部屋だった。



「……あら?私に何か御用でしょうか?」
「………っ!」

そこに山吹乙女は居た。微笑み裁縫をしている。宵を見てもただ不思議そうにこちらを見ていた。山吹乙女の手にあるのは、"女物"の子供服。

「えっ、と。鯉伴様に御用でしょうか?先程出てしまったのでこちらにはいないのですが……。」
「……僕が、わかりませんか?」

宵の声は震えていた。その顔は青ざめており口元は乾いた笑いが張り付いている。

「……ごめんなさい。」

山吹乙女は少しの間思案した後否定の言葉を口にした。宵はもう立っていられなかった。焦がれていた人物の中の自らの消滅。命をかけてまで救った人物から全否定される存在。そんなものに価値などあるのだろうかと宵は自身を嘲り笑った。

「だ、大丈夫ですか!?」
「すみません……少し、眩暈がしただけなので。」
「それならいいんですが…。あ!そういえばまだお名前聞かせて貰ってませんでしたね。私は山吹乙女と言います。」
「そう、でしたね。"俺"は夕月と言います。」

その後、二、三言山吹乙女と話し、宵はその部屋を出た。濡れている自身を見返し当初の目的だった風呂場に向かう。

先程まで満天だった星空は雲が陰り雨が今にも降り出しそうだった。

***

「夕月!」

宵が名を呼ばれ振り返るとそこには首無が居た。

「ん。どうした?」
「濡れてるじゃないか早く風呂に……って、どうした酷い顔してるぞ?」
「そう、かな。」

宵は無理やり笑顔を作り笑った。首無は眉を顰める。そして、流れるように宵を抱きしめた。
突然の事に宵は暫く硬直しており、気がついた時には子供のように頭を撫でられていた。

「首無?」
「どうした?俺に話せるんだったら、話してみないか?夕月。」
「……ごめん。今は夕月でいられないから少し、そっとしておいて。」

宵の言葉に首無は言葉をつまらせた。だか、更に宵を強く抱きしめ耳元で切に訴える。

「夕月じゃなくていい!宵、お前のままでいいんだ。お前が感じたこと思ったこと、どんな些細な事でも俺達はちゃんと話を聞く。だから、自分から距離を置こうとするな!」
「……っ!」

宵は首無の肩に顔を埋め着物を強く握った。首無は自身の肩が濡れている事に気がついたがただただ優しく宵を見つめるだけだった。




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