side宵

コポリ、コポリと気泡が上へと上がっていく。その様を僕はただぼぅっと見ていた。不思議と息苦しさはない。けれど、どこか胸を締め付けられる痛さがある。
何故だろう。僕は何に心を痛めているんだろう。

リクオ様と話している途中からどこか自分とはかけ離れた現実を見ているようだった。あれは自分だったのだろうか。よく、分からない。知らない内に黒く塗り潰された意識と感覚。そのまま堕ちてしまいそうだった。決して二度と上がることの出来ない奈落の底へ。
目を瞑り、暗闇に視界を閉ざす。
このままずっとこの暗闇に居たい。奈落の底へと落ちてしまうのならいっそ。

ザブンッと音がして目を開けるとぼんやりと人型が見て取れた。徐々に近くなり力の入っていない腕を捕まれひきあげられる。

「……ふっ。はっ、はっはぁ。」
「お前は馬鹿か!宵!なんで上がってこない!」

滲む視界の中に見えたのは何故か父さんで。おかしいな。そこにいたのはリクオ様だった筈なのに。なんで父さんがいるんだ。

「聞いてんのか、宵!」
「え、あ、うん。……聞いてる。」
「心配した……。リクオも!ここは深いことも宵が病み上がりなことも知ってるだろ。なんですぐに助けなかった。」
「わ、わりぃ。」

リクオ様が少し眉を下げて誤っている。別に大丈夫なのに。
ぽた、ぽた……と手の甲に水が落ちる。でも、それは水ではなくて僕の涙だった。そうだと気づいたのは僕を見て目を見開いた父さんの目に映った自分を見た時だったのだけれど。

「宵!?どうした?どっか痛いのか?」
「なんで、泣いているんだろう。別に悲しいわけじゃない。痛いわけでもない。なのに、涙が止まらないんだ。」

どんなに拭っても止まらない。父さんはわたわたして慌てている。そんな中リクオ様が呆れたように声を掛けた。

「二人共、そろそろ出たらどうだ?」
「そうだな。宵、出るぞ。ほら、捕まってろ。」

そっと、父さんの腕に捕まる。そうすると父さんは嬉しそうに笑うから僕も自然と笑顔になった。
こんな風に笑い合える日が来るなんて思ってもみなかった。ぼろぼろと泣きながら笑っているけれど嬉しいんだ。

「ぁぁ、なんて……。」

幸せで、尊くて。美しいんだろう。

この光景を母さんと共に見たい。
僕はもう見れなくてもいいから母さんに見て欲しい。

池から上がり、着物の端を絞りながら父さんに聞く。

「ねぇ、父さん。母さんは?」

父さんはわざとらしく肩を大きく震わせる。それを少し不思議に思わなくはないけれどやはり母さんが優先だろう。

「今はまだ、会わねぇ方がいい。」

目元に影を落とし父さんは言った。それにどうしようもなく心がざわつく。母さんに何があったと言うんだ。隠しておくくらいなら言って欲しいのに。
なのに、僕の喉からは声が出ない。

「それよりも、もう一回風呂入ってこい。そのままじゃ気持ち悪いだろ。」
「う、ん。」

そう促されるままに僕は風呂場に向かった。



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