蜜の味は穴二つ03



 少し気を失っていたのかもしれない。
 次に気づくと俺は引っ立てられて、教室の中、風紀の長らと向かいあっていた。
 斜陽の中、冷たい目をした委員らに、分かりやすくぶち切れている副委員長。そして、無表情で佇む風紀委員長。その人形みたいな顔に、泥ぶっかけてやりたいよ。
 あー床冷たい。痔になっちゃうよー、えーん(><)
「……お前が、この騒動を仕組んだというのは本当か?」
 低ーい声で副委員長が尋ねる。聞いてどうすんのよね? ばれてるんでしょ?
 どっからばれたかは知りませんけどー? けっ。
「だったら?」
 俺は肩を竦めて、史上最強にむかつくドヤ顔をしてやった。
「てめえ……!」
 やんのか? やるか? 単純な人は嫌いじゃねーよ?
 まあ俺、現在ぼろぼろですけど(笑) やっても死亡確定ですけど(笑)
「――少し、良いですか?」
 小さく、しかし凛とした声がした。俺は思わず顔をしかめる。
「ちょ、お前、休んでろって」
 副委員長が慌てる。委員長の方は少しだけ口元を緩めて、柔らかい視線を彼に投げた。
 平凡くんが、まだふらつく足を引きずって、俺に近づいてくる。
 おーおー、健気なことで?
「教えて下さい。あなたが、こんなことを仕組んだというのなら……なぜ、ですか? あなたは親衛隊の人じゃないんですよね。僕に、恨みでもあったんですか?」
「……こんな奴に聞いたって意味ねーよ」
「でも、知りたいんです。僕らは、僕の、したことは……あなたを、傷つけたんですか?」
 真摯な瞳が、俺を見つめる。
 ……正直、反吐が出る。
 俺は目を細めた。べえ、と舌を出してやる。
「なーんか勘違いしてんじゃねーの、お坊っちゃん?」
「え……?」
「なぜかって? 理由ですかー? ねーよ、んなもん。楽しいからやっただけだよ。決まってんじゃん。僕ちゃんは正しーい素晴らしーいことをしたから、褒めてほしいんでちゅか? そうならそうと拍手してあげるよーぱちぱちぱちぱち」
 重い手を気力で持ち上げ、巫山戯た口調でせせら笑えば、風紀の奴らの空気が凍った。
 あ、四面楚歌ってこういうことですねwwあざーすww
「ちっ、もう良いだろ。こいつはこういう奴なんだよ。聞くな!」
 副委員長が、平凡くんを引き戻そうとする。俺を見つめる彼を見つめて、俺は、甘ったるーく続けた。
「けどさー忘れてないか? 明確な『敵』を排除したからって、人の悪意が消えてなくなったわけじゃねーんだよ? な、良い勉強になっただろ?」
 そりゃあ俺だって失墜劇はたのしーよ。偉ぶって馬鹿やって自爆、結構じゃん。転入生のあのみっともなさはもう喝采ものだったよ。他人の絶望うまうまー。
 けーどーさー。
 今、俺の目の前で震える足。暴力を受け、犯された少年の。視界がだぶる。
 ――許せねえんだよ。
 どうしてお前だけ救われる? お前は底辺にいただろうがよ?
 なあ、どうしてお前だけ?
「否定すんなよ。俺だけじゃねーよ。親衛隊の奴らだけじゃねーよ。そこにいる風紀連中の中にも、お前の大好きな副委員長様の中にも、お前自身の中にだって、悪意っつーもんはあるんだよ。身近に、すぐ近くに溢れてんだよ。綺麗事ばっか言ってんじゃねーよ、な?」
 俺が睨み上げると、平凡くんは震え上がった。それをかばうように、風紀の副委員長が前に出る。
「いーいご身分だなあ? 守ってもらって、かばってもらって。そりゃあ嬉しいだろ? ずっと無視されてたもんな? ひいひい泣いて、だれにも助けてもらえなかったんだもんな?」
「っ、この野郎!」
 胸ぐらを掴み上げられ、思いっきり、頬を張られた。
「――構うな。冷静に。全て、ただの負け惜しみだよ」
 風紀委員長が、熱くなった副委員長を静かに制止する。
 ……お優しいことで。できれば殴られる前にしてほしかったよ。
「副委員長、この子を連れていって。これ以上は、優しいこの子には毒にしかならない」
 はっと俺は笑った。
 委員長の言葉を受けて、気味が悪いものを見るように、風紀の奴らが退いていく。肩を怒らせた副委員長が真っ先に、平凡くんとともに教室を出ていった。
「委員長……」
「さて、君達はその踊らされた親衛隊員を連行してくれる?」
「そいつはそのままで良いんですか?」
 最後に残った数人が、地にのたくる俺を見下してきた。
 蔑視とか慣れすぎて別に痛くも痒くもありませんけどーw 下種? 人非人? 知ってるwww
「もう抵抗はできないだろうしね。まだ聞きたいことがあるから、少し残しておく。口が巧みなようだから、これ以上君らが動揺させられても困るから、行きなさい。僕が面倒を見るよ」
「分かりました」
 従順な返答を残して、彼らは背を向ける。
 遠ざかる足音。完全に人の気配が消える。
 ――途端に腹を蹴り飛ばされて、かはっと息を吐き出した。
 芋虫のように身体を丸めて、痛みを逃がす。
 ちっくしょー、まじ俺涙目wwちょっと俺の身体のこと皆さん過信しすぎww
 当然のように、もう一度、二度、容赦ない足が落ちてくる。
「ぐっ……。ははっ、清廉潔白な風紀委員長が、聞いて呆れるな」
「なんのことかな?」
 俺達以外、だれもいなくなった教室。普段のストイックな姿が嘘のように、奴は艶麗な微笑みを浮かべた。しゃがみ込んで、俺の顎を持ち上げる。
 そう、こいつだ、こいつ。嫌というほど見慣れた顔。だれも信じやしない、俺の悪魔だ。
 数ヶ月前、いつものように生徒アカウントにスニッフィングを掛けていた時だった。情報の課題の居残りという名目で、だらだらメディア室に居座っていた俺の元に、こいつが現れた。
 俺も油断してたのさー。まさか風紀委員長ともあろうお方が、あんなことをするとは思わなかったし?
 それから、俺はこいつに囚われている。当然のように与えられるバイオレンス。挙げ句の果てには自分の部屋で鎖に繋がれるとか。
 抉られていく神経、脳裏に浮かぶ自分の狂乱を、脇に追いやる。俺はあんなもの覚えていない。
 もう、犬プレイも良い加減にして! あたし怒っちゃう! ぷんぷん!
「本当に君はいけない子だね。裏でこそこそ画策して。先だってのカメラの映像を盗んだのも、君でしょう? 恥を知れば良いんじゃないかい」
「ちっ。てめーに言われたかねーよ。わざと隙作って盗ませたんだろ、どうせ。趣味わりい。あの平凡同室者くんのことも、ずっと気づいてて、わざと助けなかったくせに。お得意の情報統制でよ? 今更救い上げて、なんのつもりだ?」
「……舌打ちなんて、行儀が悪いね。そんな風に躾たはずはないんだけどな」
「あー、電波は満足に会話もできないんだっけ?」
 笑いかけてやると、ガツン、と警棒が振り下ろされた。
 俺は呻く。砂やなんやらで汚れきった床に頬をこすりつける。
「はっ、はあっ……。善良な市民をいたぶる、変態な特高プレイ? きゃー超ハマり役ー。しびれちゃうー」
「なんというか。本当に、減らない口だねえ」
 呆れた、という声とともに、ガツン、ガツン、と落ちてくる凶器。
 踏みにじられる。木っ端微塵。誇りも、人間性も。ずっとそうだ。俺はずっとここにいる。
 俺は歯軋りして、嬉しそうに笑うキチガイの、そのお綺麗な顔に唾を吐きかけた。
「ふーん、そんなにお仕置きしてほしいんだ? いつも構ってほしがって、僕は甘やかしすぎかなあ? そうだね、また、一週間くらい閉じ込めてあげようか」
「いみふー、流石電波様ー。あれは監禁っつーんだよ。立派なハ・ン・ザ・イ。なあ、強姦犯さんよお?」
「なにそれ、おねだり?」
 覆い被さってくる奴に、俺は顔を引きつらせる。がむしゃらに足を動かして、転がって、なんとか回避した。シャツどろっどろだよばっきゃろー。
 と思ってる間に、警棒が顔のすぐ横数センチの位置に突き立てられた。
「手間掛けさせないでくれないかな?」
「ちっ……おっ勃ててんじゃねーよ。まじきっしょくわりい」
「酷いなあ。僕は君を愛してるんだよ?」
「おえっ」
 あーちくしょう、身体中いってーよ。
 俺は諦めて大の字になった。
 どうせ慣れてる。どうせ、俺はまだまだ底辺だ。
「……楽しかったか? 俺が右往左往してるのを見てんのは」
 尋ねると、奴はふっとその表情に慈愛を乗せた。俺の、一番嫌いな顔だ。
「君は自虐的だよね。僕にはどうしたってかなわないんだから、大人しくしていれば良いのに、そうやって動き回ってさ。お陰で僕はとっても、楽しいよ」
 ……くそ野郎。いつかぶっ殺してやる。
 気色悪い感覚を遮断しながら、俺はあの平凡くんを思い浮かべる。
 うん、やっぱあいつ、むかつくし、まだまだ陥れてやろう。

 人を呪わば? 知ったことか。
 ――な、穴の底で待ってるぜ?






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