学生と一般 02



「尚紀、ひさしぶり。
俺の分までチケット、サンキューな」
「…ネットだから別に…」

竹森が突然俺の耳元で俺の名前を言ったから、もう映画のオープニングシーンなんて頭に入ってこなかった。

母親に夕飯も外食してくるよう言われたので、竹森を誘って映画の後三人でファミレスに移動した。
チェーン店のイタリア料理のレストラン。
20時を過ぎたこの時間、大学生や高校生が多い。

「チケット代」

そう言って竹森が千円札を一枚俺に差し出した。
学生割引で今日は1000円なのだ。

「いいよ」

俺がそう答えると晴兄がそれを受け取った。

「尚、チケット代払ったのはお前の金じゃねえだろ」
「でも俺がオンラインで買ったもん…」
「母ちゃんのクレジットで、買ったんだろ」

そうだよ。
チケットは学生2名、一般1名で。
学生なら1000円なのに学校行ってないだけで1800円になる。
このチケット代の800円の差は俺の中で800円以上の意味を持つ。
学校へ行けば、学生のままでいたら、竹森と同じ「同級生」だったのにって。

「タバスコ好きだよなー」
「最近目覚めたんですよ」

同じテーブルに座った同じ高校の制服の二人が会話する。
黒のロンTの自分。
肩まで伸びた髪。

隣のテーブルも反対のテーブルもみんな学生。
制服を着て、それだけで社会的な位置が確立されている。
言わば「免罪符」みたいな。
多少無茶しても「学生だから」で許されるっぽい。
本人たちは「校則で縛られている」とグチるけど、外から見たら「守られている」としか思えない。

「いいよな、学生は…」
「何だよ、それ」
「お前だって同じ年だろ」

俺の一言に二人は笑い、竹森に肩をバシンと叩かれた。
ちょっと嬉しい。

「いや、俺はニートだから」
「お前、ニートの意味わかってんの?何の略が言ってみろ」

晴兄に訊かれて俺はスパゲティを指さすと竹森がまた笑った。

「ははっ、ミートじゃねえよっ」
「尚はただの不登校だろー」

また晴兄が、「ただの不登校」と変な言葉を使っている。
まるで「ニートのほうが格上」みたく言うのはなんでだろう。
レベルみたいなものか。

「尚紀さ、なんで学校来ないの?」
「…まあまあ…色々…」

竹森に訊かれて、さっきみたいに笑ってほしいと思ったのに何も思いつかない。
でも「学校来いよ」と言われた気分になり気持ちが浮ついて、少し期待してしまう。

竹森の食べ方は見ていてエロい。
女の子にも優しくて爽やかな竹森の食欲。
食べる行為そのものが欲情している彼なのだ、と思うとエロい。
俺がそんなことを考えているとも知らず、彼はいつものようにピザにタバスコをたっぷりかけて折りたたむように口に押し込んだ。
指に絡むチーズを綺麗にしゃぶった。
オリーブオイルのせいで竹森の薄い唇が光って、艶っぽい。
キス…。
したいなあ…。

「髪伸ばしてんの?」

紙ナプキンで拭った唇がそう動いた。
カールした毛先をツンとひっぱられて、慌てて背筋を伸ばした。
学校で女子どもが大騒ぎする竹森の笑顔が俺に向けられていた。
写メりたい。
録画したい。
何回も見たい。

「あ、まあ…切りに行くのが面倒で…自分で切ってる…」
「ええ?自分でー?すげー」

うわあ…。
眩しい笑顔とはまさにコレだろ。
毎日部屋の中で過ごしている俺には刺激が強すぎる。

「先に帰るわ」

急に晴兄が鞄を持って立ち上がった。
伝票を手に取って見ている。

「えっもう?」
「お前はまだ居ていいよ、竹森に会うの久しぶりだろ?」

晴兄が余計なことを言ったので、顔が熱くなった。
うるせえよ。

「じゃあ竹森、また学校でな。
たまには尚と遊んでやって」
「あ、はい!
ごちそうさまです!」

さっき竹森から受け取った千円札をヒラヒラさせて「これでお前の分払うから」、と晴兄が去った。






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