学生と一般 01 古くも新しくもない映画館。 ショッピングモールと同じ建物にあって、他に行くところのない俺たちが遊ぶのは自宅かここ。 公開初日だからか、ほぼ満席のシアター。 照明は落とされ、スクリーンには地元の変なCMが流れ始めた。 気がそわそわする。 人が入ってくる気配がするたびに振り返る。 また…、違う。 「なあ…晴兄、ちゃんとチケット渡したのか?」 「あー」 「マジでー?竹森まだ来ないし。もう予告始まったじゃん」 「来るんじゃねえの、そのうち」 「そのうちってなんだよ。『オープニングが圧巻』ってレビューに書いてたのに。最初から観なきゃ意味ないって」 「んー」 また俺は後ろの扉を振り返る。 知らない人がドアを開けて入ってくるたび、ロビーの光が差し込んでは暗くなる。 晴兄を見ると携帯を弄ったまま顔を上げない。 「シアター間違ったとか?迷ってんのかなー」 「んなわけねえだろ。5コしかねえのに。どんだけだよ」 チケットブースまで一緒に来たくせに、トイレに寄るからと竹森を置いてきた兄が恨めしい。 何のためにこんないい席取ったと思ってるんだよ。 早く来いよ、竹森。 お前が観たいって言ったんだろ。 学割の効く木曜日の午後はいつも混んでいる。 チケット購入可能日の日付が変わる時、パソコンの前でずっと待機して座席指定して買ったのは数日前。 必死だ。 いつも、会う口実を作るのに必死。 「あ、来た」 「どこ行ってたんだ、アイツ」 急に視界が暗くなったからか、劇場へ入ってきた竹森はぼんやり座席のほうを見渡している。 俺が手を振ると、彼は片手を挙げた。 「すいません」と小声で頭を下げながら俺の隣のシートへ腰を下ろす。 配給会社の映像が流れ出した。 「やばかった、間に合った」 「何やってんだよ!」 晴兄が言うと竹森がいつもの困った時に見せる苦笑いを浮かべた。 「まだ時間あるなーと思って、パンフとかグッズ見てたんっすよ。んで腹減ったんでポップコーン買って…」 「おめーが遅いから尚に疑われただろ。謝れ」 「すんません。えと…これ先にどうぞ」 「当たり前」 竹森が差し出した白い紙袋から香ばしいカレーとコーンの匂いがした。 俺の前を通過するポップコーン。 と、会話。 結構な割合で二人の会話は俺なしで進行する。 俺は晴兄と二人ならよく喋るくせに。 竹森が隣にいるだけで急に喉が狭くなった気がした。 突然空気がなくなったみたいで。 ちゃんと普通に喋ることができるか、というよくわからない悩みが付きまとう。 急に声が上ずったり、大きくなったり、掠れたり、むせたり。 竹森限定構音障害。 竹森限定呼吸困難。 上手に呼吸すらできない。 吸って吐くだけなのに。 急に「さりげなさ」が「さりげなく」なくなる。 俺ってカッコ悪いしダサい。 (*)back|main|next(#) → top |