虫の心臓 07



「強姦裁判は被害女性が二度目にレイプされる場所なんだって。それも、今度は集団だよ。輪姦は本来、非親告罪のはずだけどね。裁判官、弁護士、傍聴者。そういうひとたちの前で、被害のあらましを説明するんだ。解剖実習のカエルみたいに、強姦された君と君が強姦される様子が、整然と順を追ってなにも知らないひとたちの前にさらされる。どうしてこの場所に来たのかからはじまって、君がどうやって襲われたのか、襲われたとき抵抗したのかどうか、どういう言葉をかけられたのか、君はどういう反応を示したのか、相手の男はなんど射精したのか、どこで射精したのか、犯されている間君は――」
「やめて、やめて、やめて、やめて、やめてぇぇ!」
「女の子が犯された話を聞いたら、どうしたって想像するよね。だって君は目の前にいるんだから。本当に君がされたことを、本物の君を見ながらみんなが想像するんだ。君がどんな風に足を持ち上げられて、どんなふうに挿入されたかとか。そのとき君がどんな顔でどんな声を上げたかとか。みんな、君を見ながら好き勝手に思い描くんだよ。君の痛みも傷も知らずに」
「いやっ、いやっ、やぁ……」
 叫ぶ力もなくなったのか、声は嗚咽にまぎれて行く。
 藍沢はその様子をじっと観察して、このあたりで仕上げをしておくことにした。
「倉橋さん」
 これまでよりやさしい声で呼びかけ、反応が返るのを待つ。
 さすがに今度は耳をふさいで顔をうずめたまま、動こうともしなかった。
 仕方がないので何度か、やさしい口調で名前を繰り返す。
「倉橋さん」
 四度目に呼びかけたときに、彼女はやっとちらりと目を上げた。
 その目を見つめ、藍沢は微笑んだ。

「――あのね、これから君を見るたびに僕は、今日のことを思い出すよ」

 女の顔は凍りつき、叫び声さえもうあげなかった。
 涙のこぼれる見開いた目で、自分の膝をじっと見つめる。
 自分がなにになってしまって、これからどうすればいいのか、きっと必死で考えているのだろう。藍沢が教え込んだ“普通じゃない”自分をなんとか処理して受け入れようとしているに違いない。
 そんな必要はまったくないのに。
「かわいそうに」
 藍沢はこの時ばかりは心からの憐憫とともにそういった。
 服を集めてベッドに置いてやり、呆然としている手にもう一枚タオルを押しつける。
「早く着替えて病院に行くんだ。膨れた腹を抱えて、親から白い目で見られるのは嫌だろう」
 女はうつろな表情のまま手を動かし、服を着ると部屋を出ていく。
 それを見送って振り返ると、澤井が戸口の所に立って、全裸のままタオルで髪を拭いていた。
「女は?」
「いま、出ていったよ」
「そうか、あいつ誰かにいうと思う?」
「言わないんじゃないかな」
 あれで訴えることができるようなら相当のものだ。
 藍沢はそんなことを考えながら、まだぬれている澤井の体を舐めるように見た。
 ちらっと澤井が視線を上げ、うんざりした表情を浮かべる。
「ご褒美が欲しいよ、澤井」
「がっつくんじゃねぇよ、犬が」
「君を見ながら、ずっとおあずけされてたんだよ」
 近づいて行って足元にうずくまる。
 太股に手をかけると、ピクリと足が動いたが、蹴飛ばされるようなことはなかった。
「澤井」
 名前を呼びながら肌のにおいをかぐ。
 手と頬で肌の感触を楽しんでいると、髪をつかんで顔を挙げさせられた。
「ご褒美が欲しいんだろ?」
 いささか乱暴なお許しに、藍沢は心からの笑みを浮かべ、澤井の足にくちづけた。


 女を連れてくると藍沢はご褒美をもらえる。
 そうでもなければさすがに、こんなリスクの高いことをしようとは思わない。
 ひさしぶりに受け入れた澤井の熱をむさぼりながら、藍沢はとろけそうな顔ですり寄った。抱かれていると思うだけで、射精してしまいそうだ。見上げる先にいる澤井は、女を抱いているときと大差ない。情熱がそこにあるはずもなく、藍沢のことをはっきり見ているかどうかさえ定かでない。それでも、気まぐれに藍沢を見下ろして笑うことがある。
 それだけでいい――いまは。
 引き抜かれる感覚にあえぎがもれる。
 藍沢が快感に細めていた目を開くと、部屋の入口にスーツを着て眼鏡をかけた男が立っていた。その男は煙草をふかしながら平然とした顔で柱に寄りかかている。
 突然の闖入者に、藍沢は身をこわばらせて澤井にしがみついた。
 入口に立っている男が目を細めて笑った。
「なんだ、彼氏といっしょか」
 その言葉が聞こえた瞬間、澤井が身をこわばらせる。
「へぇ、お前がいれてるのか。使い物になるんだな、けどそれじゃ、後ろがさびしいんじゃないのか?」
 ゆっくりと近づいてきながら男が笑う。
 藍沢はこの状況に戸惑って澤井を見上げた。
 目があった瞬間、澤井の表情を一瞬だけなにかがかすめた。
 それが恐怖のように見えて、藍沢は戸惑う。
「澤井?」
 心配になって手を伸ばすと、それが届くより先に顔をそむけられた。
 ずるりと中から澤井が抜けている感触がして、体が離れる。
「ちゃんとゴムはつけてるんだな、えらいぞ、理智」
 澤井の後ろに立った男が、ためらいもなくまだ立ち上がったままの性器に指を絡める。澤井はあきらかに体をこわばらせたが、抵抗もせずなすがままになっていた。
「で、君が理智の彼氏?」
 男は澤井の肩に顎を乗せて藍沢に笑いかける。
 そうしながら片手で、澤井の性器をこすりあげている。
 状況に頭が追いつかない。男が何者なのかも、唇を噛んで堪える表情を見せる澤井もなにかおかしい。そのおかしな状況の中で、あまりにも平然とした男のようすが異常さを際立たせていた。
「どうしたんだ、理智。いつもみたいにねだらないのか? なんだ、彼氏の前だから恥ずかしいか?」
 ベッドの上で煙草をもみ消し、空いた手で澤井の顎をつかむ。
「理智、こっちをむきなさい」
 命令に従って澤井が振り返った。
 藍沢の見前で男と澤井の視線が絡み、それとともに澤井の表情ががらりと変わる。
 こらえていたなにかが堰を切ったように、その目に恐怖があふれ、唇が開いた。
「兄さん」
 怯えた声が呼びかけると、男が笑う。
「いつもみたいな姿を見せてあげればいいだろう」
 そういいながら男は壁際の棚へ手を伸ばす。
 布で隠されていた棚の中には、ぎょっとするような形状の道具がいくつも並べられていた。男は手慣れた様子でそこから道具と潤滑剤のチューブを取り出し、澤井の背中を押してうつぶせにさせる。
 チューブからジェルを絞り出し、澤井の尻と道具を雑にぬらすと、男はためらいなく尻に道具を押し込んだ。澤井の顔に苦しげな表情が浮かび、背中の筋肉がこわばって浮き上がる。
「兄さん、あっ、うっ、んぁっ、兄さんっ、あぁっ」
「ゆるめないときちんと入らないだろう」
 男がパンとおおきな音を立てて尻を叩いた。
「ああぁっ、イイっ、兄さんっ。あんっ、ふっうぅぁっ、イイっ」
 ぐりぐりと尻に道具を押し込まれながら澤井が悲鳴じみた声を上げる。
 道具を抜き差ししながら、男は目を細めて藍沢を見る。
「君は、理智のどこが好きなんだ?」
 ぐいっと押し込むと、澤井は震えながらシーツに頬をこすりつけた。
 その表情を藍沢はじっと注視する。
 男の言葉が頭に入ってこない。道具に犯されて乱れる澤井の表情から目が離せなかった。
「気持ちよさそうだろう。いつもそうなんだ、道具ひとつですぐにこうだよ。どうやら君は、ためしたことがないみたいだね」
 どくどくと心臓が早鐘を打つ。
 それが、行為を半ばで中断されたせいだけとは言えないことを、藍沢自身がよくわかっていた。ひっきりなしに澤井の口からもれる声が藍沢の鼓動を速める。男に犯されている姿がどうしようもなく劣情を誘う。
「澤井」
 喉に絡むつばを飲み込みながら名を呼んだ。
 シーツにふせていた澤井の顔があがり、藍沢を認めた瞬間そこに衝撃が走った。いまのいままで藍沢の存在を忘れていたのだろう、信じられないものを見る目で見つめてくる。澤井の口からもれていた声がぴたりとやんだ。
 唇を噛んで顔をそむける。






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