虫の心臓 05 次に目覚めを迎えると、手の拘束がとけていた。 腹の上に銀色の鍵がある。 五日間の休暇というのは嘘だったのだろうか。 血のにじむ手でそれを取り上げ、澤井はしばらくぼんやりしていた。 これはなにかの罠ではないかと疑って、だとしてもなにもかわらないとすぐに思う。 尻にこびりついた自分のクソがぬるぬるして気持ちが悪い。 口の中は吐いた胃液の匂いがまだ漂っていた。 顔や体のうえで乾いて、ひきつれているのはどちらのものとも知れない精液だ。 風呂に入って、うがいをして、水を飲みたい。 そう思ったけれど気力がわかない。 澤井は天井を眺めたまま、ネズミのことを考えた。 予告信号が現れると電気ショックがネズミを襲う。 ひとつのグループはスイッチを押せば電気ショックを回避できる。もうひとつのグループはスイッチを押しても回避できない。回避できない状況に置かれたネズミのなかには、回避できる部屋に移されても、スイッチを押さないものが現れる。 天井を見上げて鍵を顔の上にぶら下げる。 これを飲み下したらどうなるだろうと一瞬だけ思った。 けれど、そんなことに意味はない。 ブンと羽音がした。 幻聴かと思った澤井の目の前を、どこから入り込んだのかおおきな黒いハエがよぎった。 Q. 子供がどんなに泣いてもなにもしないでおいておきます。 すると子供は泣かなくなります。それはなぜでしょう? A. ――己の無力を悟り、すべてを諦めるからです。 (*)back|main|next(#) → top |