虫の心臓 03 [ ネズミの学習 ] Q. 子供がどんなに泣いてもなにもしないでおいておきます。 すると子供は泣かなくなります。それはなぜでしょう? 意識がもうろうとして喉がカラカラだ。 尻の感覚がすでにない。足もいい加減しびれていて、クソが垂れ流しになったら最悪だなと、働かない頭の中で考えた。 室内には背を向けたひとかげがひとつだけ。 振り返りもしないそれに、澤井は喉を絞って声をかける。 「兄さん」 背中は振り返らない。 尻の中から耳障りな振動音だけが聞こえる。 それは夏の頃の羽虫のみみざわりな羽音に似ていた。 汗が染みだす。 顎をつたって喉に落ちる感触に身震いする。 汗がつたったところがかゆい。干からびた体液のこびりつく腹がかゆい。 だが、縛られた腕は動かすことができない。紐がきつすぎてチアノーゼを起こした指先はしばらく前からついているのかさえよくわからない状態だ。 自分の呼吸と、兄が見ているテレビの音だけが聞こえる。 兄の背中をじっと見つめるが、振り返る様子もない。 澤井は諦めきった目で薄汚れた天井を見上げた。 ここへ連れ込まれて何時間たったか思い出せない。学校から帰る途中、横付けされた車を見た瞬間に嫌な予感はしたのだ。だが、窓が開いて兄の顔を見れば、逆らうことはできなかった。そのまま車に引っ張り込まれ、気づけばこの家だ。 薄汚い廃屋同然の家は、彼の兄が持っているプレイルームだ。 ストップワードはない。澤井は兄が飽きるまでひたすら殴られ、犯され、さいなまれる。いま彼がいるベッドには汗にはじまり血や吐瀉物や糞尿までありとあらゆる体液がしみこんでいる。兄は澤井にここでありとあらゆることを教え込んだ。尻を犯されて射精する感覚も、他人のペニスを舐めるやりかたも、自分の吐瀉物に顔を突っ込んだときに感じる味も、おむつに溜まったクソに埋もれて尻がぬるぬると滑る不快感も、胸糞悪いあらゆることを。 そもそも澤井が精通したのもこの家だった。 この家は、どこもかしこも嫌なにおいがする。 ここに寝ているとそのにおいが体に染みついてしまいそうで、それが嫌だ。 もう疲れた、もう嫌だ。 疲労のせいでまぶたが落ちてくる。 ふっと意識が闇に沈んだ、どれくらい目を閉じていたかわからないが腹を蹴られる衝撃に目覚める。胃が押しつぶされ、酸っぱい胃液が喉元にこみ上げる。まだ消化しきれていないごつごつした食べ物の感触が喉と口を押しひろげ、吐瀉物の匂いにさらにえずいた。 「寝るなよ。刺激が足りないか?」 涙の幕がかかった目で見上げる。 煙草を片手につまらなそうな表情を浮かべる顔は、鏡に見る自分の顔によく似ている。 煙草の煙を吐き出し、兄は棚に手を伸ばす。 「もうひとつくらい入れるか」 取り出したのは、ごつごつとおうとつのついた道具だ。 「……あっ、や、兄さんっ」 「や? 入れてくださいだろ?」 逃げたいのに腕は拘束され、足はしびれて動けない。 感覚のない尻に道具が押しつけられる。兄の目が澤井の顔をじっと見つめている。 ぶ厚いゴムのようなおぼろな感覚の尻穴を、容赦なく押しひろげられ、奥に入りっぱなしのローターをさらに奥へと押し込まれる。腹を圧迫する感触が苦しく、慣れていない場所を無理矢理こじ開けられて脂汗がにじんだ。 「ぐっ、うえっ……あっ、はぁはぁ、うっ、うぇっ」 押し上げられる圧迫感に濁った声がもれる。 「入ったな」 その声が聞こえたとき、澤井はほっとして目を閉じた。 圧迫感はひどいままだが、これ以上酷くなることはない。 そう安心したとたんに、兄の足が腹の上に乗る。体重をかけて踏みつけられ、腰骨が痛んだ。 「さすがに、どこまで入ってるかはわからないな。もう一本くらい入れるか」 「やっ、やだ。やめろっ、嫌だ!」 がたがた震えながらそう訴えると、無言で腹を蹴られた。 「うるさいぞ。黙ってろ、理智」 そういいながら身をかがめ、兄が顔の前に煙草をかざす。 「目はつぶされたくないだろ?」 睫毛の先で煙草の灰が揺れる。涙にぬれた眼球を乾かすように、まぶたに熱が伝わった。歯ががちがちと鳴り、恐怖に見開いた目が痛みだす。目じりがひきつるようになって思わずまぶたを閉じた。その拍子に煙草の灰が頬に落ちる。 「お前最近、泣かないな」 かざしていた煙草をひいて口にくわえながら、兄は唐突にそんなことをいった。 「昔はもっとぴーぴー泣いてただろ?」 ベッドのわきに座り込み、煙草をふかしながら尋ねる声はなんの意図もなさそうだった。両手を縛られ吐き気に襲われている弟を前に、まるで普通の兄が弟に問いかけるような顔でいう。 「最初に尻に突っ込んだときとか、すごい騒ぎようだったぞ。泣きながらわめくし、殴るともっと泣くし、しかたないからタオル押し込んだら呼吸とまって……あれは死んだかと思ったな」 懐かしそうにそう告げられても、同意して笑うような余裕が澤井にあるはずもない。 だいたいそれはいい思い出じゃない。ただの悪夢だ。 澤井の兄は他人の前では優等生で知られている。学校の成績もよくひとあたりもいい。年の離れた弟の面倒もよく見る。そんな評価を聞くたびに、澤井は笑いたい気持ちになったものだ。 実態はどうだ。 優等生で真面目な兄は、ことあるごとに弟を犯している。 澤井がここで死にそうな目に逢ったことも一度や二度ではない。 本当に幼い頃はこうではなかったはずだ。だが、いつからか悪夢ははじまった。 いまも悪夢は続き、さめることがない。 「ああ、ひさしぶりにやるか? 最近、道具ばっかだったもんな」 兄は勝手にそういうと、煙草を床でもみ消して、澤井の尻に押し込んでいた道具を引き抜いた。抜かれる感覚に悲鳴をあげる澤井を無視し、前立てを開いて取り出したものを、勃起させるとゴムをかぶせる。 澤井は背を走るおののきを感じながら、準備の整っていく兄の性器を凝視していた。見慣れた形だ。萎えた姿も勃起した状態もよく知っている。知りたくもないのにそれが直腸をえぐるときの感覚さえ知っている。 兄は見せつけるように澤井の足を開かせ、中身の抜けた尻の穴に性器を押し込んだ。 血で充血した熱が、じりじりと割入る。 痛みもなにもわからなくなった直腸に温度だけが伝わる。 「つまんない穴だな。締めろよ」 そういいながら腹をたたかれたが、感覚のない尻が締まったのかどうかはわからない。 ただ、尻に腰を押しつけたまま体を揺さぶられると、声が勝手に出た。 「あっ、あ、あっ、兄さん。ああっ、んっ、あぁ! 兄さん、兄さんっ」 いいながらわけのわからないおののきが背筋を走る。 ぞくぞくするこの感覚がなんなのか、澤井はいつでもわからない。 肌がぶつかってはじける音がするほど腰を打ちつけられる。腹や胸を痕が残るほど噛まれて、澤井はひきつった声を挙げながら背をそらした。 痛いというとイイだろうと訂正を迫られるので、イイという。 兄さん、イイっ、すごいっ、あっ。うっ、はっ、イイっ、イイよ、イイ。 尻の感覚がまともにないのに、イイもなにもあったもんじゃない。 そこらじゅうをつねられ、ひっぱたかれ、かみつかれて血がにじみだす。 腰を高く抱えあげられて、自分の中途半端に硬くなった性器がぶらぶら揺れるのが間抜けだった。 それから澤井はイイと何度も繰り返した。 そこらじゅうが痛くて、どこが痛いのかもまともにわからない。 だからイイといった。 痛いといってもどうにもならないから、イイというしかなかった。 (*)back|main|next(#) → top |