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ファイの口から言葉が出なくなったことなど気づかずに父と母はファイを縛り、そして夜明けと共にアラガミの眼前へと放り出した。
その様子は、まるでごみを道端へと捨てるのとなんら変わりない動作だった。
地面にしたたかに体をぶつけても、眼前にアラガミ・・・ハガンコンゴウが牙を打ち鳴らしていても、ファイは声さえ上げなかった。そんな余裕はなかった。タイミングを探していたから。
ふつふつと煮えたぎっていた激情が、ここで爆発した。
「・・・神を、殺せ」
殺せ。その単語だけが頭の中を反芻し、ファイの意識を急速に掻っ攫っていく。
ぶちりと、縄を引きちぎったのだ。
それを合図に襲い掛かってくるハガンコンゴウの強襲をかわすとファイは全力で走り出したのだ。
メティア一族の誇る、巨大な屋敷に。
悲鳴と怒号を飛ばす父と、ヒステリックにわめく兄弟、我先にと逃げ出す使用人が見えた。
ざまあみろ。今死ねすぐ死ねさっさと死んでしまえ。
わたしもおまえもあんたもきみも、みんなみんなえさになって死ねばいい!!!
それは、13年虐げられてきたファイの、初めての逆襲だったのかもしれない。
もしかしたらその場限りの、血迷った行動だったのかもしれない。
今となっては、どちらなのかファイ自信にも分からない。
ただ、ひとついえるのは、このときアラガミとニンゲン二つの有機生命体に大して尋常ではない殺意を抱いていたことだろうか。
とにかくファイはハガンコンゴウと共に屋敷に突っ込んだ。そして、暴れるアラガミを尻目に生き残り、見殺し、確実にメティア一族を滅ぼしにかかったのだ。
ふと、半分死にかけている母を見つけた。
夢遊病のように口を動かし続けている母を見たファイは、唐突にわれに返った。
母の口は笑みを浮かべてはいたが、涙を流して「ごめんね」と動いていた。
おかあさん
ファイはとっさに駆け寄って死に掛けている母を担ごうとした、が。
がっと首をつかまれ死人になりかけの人間とは思えない力で占められる。
「あんたがいなけりゃ私は幸せだったんだ!死ねこの疫病神!!」
殺される。
それだけがファイの頭を占めてそれから
ハガンコンゴウも腹を満たし、どこかへ行ったころ。
後には母親に止めを刺したファイと、ただのごみと貸した一族の無残な骸(すがた)だけが残っていた。
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