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其の日の夜。
混沌【カオス】の酒場の扉を荒々しく開けて入ってきた人物に、マスターは挨拶を仕掛け、破顔した。
「いらっしゃ・・・お、ファイじゃないか」
「俺一応客だぞ、ちゃんと対応しろよローラン」
ファイはマスターに対し苦笑しながら席に着く。
マスター基ローランと呼ばれた若者は赤みの強い癖っ毛と同色の瞳の持ち主だ。
朗らかで悪く言えば大雑把な彼は、混沌【カオス】の荒くれ者にも気に入られる位強く、人懐っこい。
ぱっと見10代に見える彼は今年で29歳、恋人持ちの騎士団団長だったりする。
そんなローランには何割か心を許しているファイは彼の前でのみ年相応のあどけなさを見せる。
ローランはそんなファイの頭を優しく撫でた。
「えらく久しぶりだな。元気だったか?」
「いや・・・手足粉砕骨折させられるわ腹ぶった切られて内蔵引っ掻き回されるわ
そこでちっこい天使拾うわ・・・中々散々な目にあってる」
大仰に溜め息をつくファイにローランは苦笑する。
ファイが何処かしこ怪我してくることがあったので又怪我をしているのかと思うと同時に
ファイが何かに悩んでいる事を敏感に感じ取った。
「それだけじゃないだろ?いえないなら言わなくてもいいが・・・」
「・・・連れと、喧嘩した。・・・全部あっちが悪いけど」
ふてくされる様に呟いたファイにローランは目を見張った。
この黒い戦士が実は16の少女だと言う事を彼は知っている。
同時に、自分のみを強く信じ他は利用する事しか出来ない寂しい心の持ち主であることも、ローランは理解していた。
それが連れがいると聞いて少し嬉しく思った。
同時にファイと喧嘩するなんてなんて命知らずな連れだろうと関心した。
「どうせ価値観の違いだろ?」
「・・・ここで他人の善意を信じる方が間違ってるんだ」
やっぱり。ファイがこの酒場でも喧嘩するときは大概価値観の違いからだ。
ファイは自と他の違いを認められない。それを諭してやるのもローランの役目だ。
「それはそうかもしれないがこんなとこでもいい人間はいるんだぞ?」
「大半は下心の塊だ」
「今回は違ったんじゃないのか?」
「・・・」
「ちゃんと理解しようともせずに自分の考えを押し付ける方が悪いと俺は思うぞ?
・・・お前が其の連れのことを考えて言った事は理解できる」
「うー・・・」
どうしてローランは自分のことをここまで理解できるのだろう。
ファイが不思議そうにローランを見やるとローランは小さく笑ってお前は結構顔に出てるんだよと言った。
ファイは無言でローランに抱きつく。ローランは慌てる事も無くそっと抱きしめ返す。
ファイのこの態度は精一杯の甘えだと知っているから。
「・・・あれ、飲みたい」
「はいはい」
ローランはそっとファイを放すとカウンターへ戻り小さな祭壇に祭られていた酒とガラスのコップをファイに渡す。
ファイは酒をコップに並々と注ぐと一気に呷った。
ファイの口の端から神に捧げられ純度を増した神酒が流れた。
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