(※注意)
結局私は未だにたらたらと生きていた。
「あの公園以外、苗字の居る場所が分からなかった」
帰るなり、北島さんは私の部屋の前にしゃがみこんでいました。我が目を、脳を疑いましたが、何度確認してもそこに居るのは北島さんなのです。大体、北島さんは私たちが遭遇していた公園のことくらいしか私の居る場所など知らないと、そうおっしゃっているのです。なのになぜ。
「小松に聞いたらここだって」
小松とはどちらさまなのでしょうか。私にはわかりかねます。
「コンクリートは冷たいでしょう。コーヒーくらいなら煎れますので、お菓子も、少しならありますし、あ、北島さんのお口に合うかは分かりませんけれど。とりあえず、中へ」
私はポケットから部屋のかぎを取り出し、いつから待っていたのかわからない北島さんを部屋へ押し込めようとドアに手をかけるとひょろひょろの手がのびてきてか弱い力でぎゅうと掴みます。青白い腕。それは勿論北島さんの腕でありますが、私は振り払うことをできませんでした。振り払う理由もありませんし、振り払えば北島さんが大けがをしてしまうかもしれないから。
「どうかしましたか」
「だから、お前はそうやってすぐに男を部屋に上げる」
「ですから、私の部屋に上がり込みたい稀有な男性など、なかなかいないものです」
「そうか俺は稀有か」
「バンパイアですものねえ」
すると北島さんはひょいと腕を引っ込め、大人しく部屋に入ってくださいました。
「なにかあったのかと思った」
その声に、身体が震えた。期待した。「私に、ですか」おそるおそる尋ねれば「他に誰がいる」と返ってきたので私はもう天にも昇る気分でした。
「なにもありませんよ」
「暫く顔を見なかったからな」
「私に何かあったら、死にでもしたら喜んでくれましたか」
「なぜ苗字が死んで俺が喜ぶんだ」
「さァ」
北島さんが私のことを少しでも心配してくれていたのならばとても嬉しく思いますし、それからとても申し訳なく思います。引き締めようと思っても頬は緩み、だらしない表情になっているのが自分でも、よぅくわかる。
「お前も笑うんだな」
「人並みの感情は持っていますので」
「そうか」
外は薄暗くなってきて、街頭の下にでも立てば、北島さんのお顔はとてもよく映えるでしょう。電気を付けて、それからカーテンを閉める。北島さんがそわそわしているので時間を確認すれば、テレビアニメの時間が迫っていました。北島さんの、好きな、彼女の。
「テレビ、つけましょうか」
「え、ああ、すまない」
「それでは、私は買い物に行ってきます。もし帰るようでしたら鍵をかけて玄関の鉢の裏に置いていてくれれば嬉しいです」
「買い物?今からか」
「ええ。夕飯が遅くなってしまいますから」
「オレも行く。こんな時間に女が一人で出歩くのは危ないだろう」
「それを北島さんがおっしゃいますか。まだ7時ですし。夢子さんが始まってしまいますよ。私は大丈夫ですから」
渋る北島さんを部屋に残し、私はひとり買い物に出かけたのですが、いえ勿論北島さんと一緒にスーパーに行けたのならばそれはもう楽しいのでしょうが、私は今日こんなにも幸せなのです。これ以上は求めまい。アニメが終わる時間を見計らって帰りましょう。そうして、家に帰ってまだ北島さんがいれば私はもう死んでもいい。結局死にたいのか私は。視界の端のライトがまぶしい。クラクションの音が響く。全身が痛い。赤。赤。赤。赤。北島さんに、飲んで欲しかった、赤。そして、ひとつになれれば、ああ、幸せ。
20120408