小説 | ナノ


人の幸せなんてそれぞれ違うものでしょう。ですからあまり口出しをしなかった。しなかったのだけれど

「これは些か目に余るものがあります」

「なにか言ったか」

「けっして上手ではない絵をお描きになってご自身の血液を舐めながら笑っている北島さんを見るのは、辛いのです」

「じゃあ見なければいいだろう」

そうなのかもしれないが、北島さん、あなたそれはとても酷なことです。それは北島さんがデビルキラー夢子さんを見れないことと同等なのですよ。

「私の血液を飲めばいいじゃないですか。献血のようなものでしょう」

「お前はいつから男にほいほい血液を与えるような女になった」

「血液を求める男性など、北島さんが思うほどそう多くは存在していませんよ」

「そういう話じゃない」

「病気もないですし」

「だから」

「嫌いならそうとおっしゃってくださればいいんです」

どんなに通りすがりの人にアタックしても玉砕して骨まで粉砕して帰ってくるのに北島さんはおとなしくしている私の血液を求めることはありませんでした。理由は容易に思い当りました。きっとこの人は私のことが嫌いなのでしょう。それは薄々気が付いておりましたが、しかしこの人は優しいのです。北島さんとて最初から弱々のバンパイアだった訳ではなく、それは強く美しくありましたが、その優しさ故に怖がる女性へ罪悪感を抱き、なかなか食事へありつけずこんな有り様になってしまったのです。そして私はその北島さんの優しさにじくじくと漬け込み傍らに置かせていただいていた身分で、その癖「嫌いならそう言えばぁ?」なんて随分おこがましいことを申してしまいました。私は、平手の一発でも貰えればこれ記念にと、一生を、幸せに過ごせる気さえするのです。

「別に嫌いなんて言っていないだろう」

北島さんは私の期待を裏切るのが多少なりとも得意でした。私は続けて「では好きですか」とは聞けません。北島さんのお顔を伺えばそれはわかりますから。不機嫌なお顔。

「では、本日は、お暇させていただきます」

「またな」「また明日」「また」。また、という言葉に期待したけれども北島さんは「ああ」と返事をしてそれっきり私を見ることもしませんでした。私の中に北島さんという存在はこれっぽっちも残らないのです。彼への想いばかりがじくじくと膿んで、そしていつか私は腐敗するのでしょう。どうせ求められない肉体と血液ならば今すぐにでもなくなってしまえばいいのに。


20120408