小説 | ナノ



「君はとてもいニオイがするね」

声をかけてきたピエロは私のことをそんな風に言ったが、うむ、海の潮の匂いかしら。一等に臭いわけでもないだろうとくんくんと自分の服を嗅ぐが、やはり潮の匂いくらいしか漂ってこなかった。

「私、どこかにおうかしら」

「いや、失礼。そういう意味で言ったんじゃないんだ」

「ふぅん」

「僕はヒソカ。どうぞよろしく」

「ヒソカ。ヒソカさんね。うん。よろしく」

「おや、君は名乗ってくれないのかい」

よよよと泣く真似をするピエロ、もといヒソカさん。しかし私には名乗りたくも自分の名前も分からない身である。かわいそうに。正直に記憶がないのと告げたが、正式には自分の記憶がない。なんとなく私が育った街だとかメディアの情報だとか文化だとか、そういうものはうっすらと分かる。だから、この街と私の育った街を比べて「ああ、違うなあ」と感じて、感じた分だけ記憶がよみがえっている、気がする。

「記憶喪失の類かな」

「そうみたい。だから自分の名前も分からないの」

ごめんね、と言えばヒソカさんは私をゆびさす。

「それの中に君の手がかりとかないのかな」

それ、とは。私が「それ」の意味を分からずきょろきょろとあたりを見渡せば、ヒソカさんが「リュック、リュック」と言うので、そこで初めて自分がリュックサックなんて背負っていたんだなあと気付かされた。


(「私」の手がかり)


20110913