小説 | ナノ


放課後、掃除を終えた私はとんでもないものを拾ってしまった。それはたかが一枚の紙切れであるがそれはそれは大変な紙であるのだ。なぜなら私が拾ってしまった紙切れというものは先日行われた試験の採点済み答案用紙である、三井寿の。ちなみに右上に大きく書かれた数字は一ケタだった。廊下に人影はなく、外部の元気な声が聞こえてくる。校内はえらく静まり返っていた。
唐突だが私は三井寿が好きだ。彼とは中学から一緒だったが6年間クラスが一緒になることはなかった。中学一年の入学式に一目惚れをした。多分、おそらく彼は私を知らないだろう。アウトオブ眼中というやつだ。一方的に私が憧れていただけで、中学3年になればバスケットボールで神奈川県大会MBPを獲得したのだからそれはもう有名になった。今まで彼を知らなかった生徒も、朝会でやれ表彰だ写真だと騒ぎたてたことによって学校中で彼を知らない人はいないだろうというくらい有名になった。億劫で退屈でつまらないため嫌悪していた朝会も朝から壇上で誇らしげに笑う三井君を見れれば至福の時間に変わった。そんな彼が陵南の推薦を蹴っ飛ばして湘北に進学すると聞いた私は同じ高校に行こうと決めて猛勉強した。帰宅部でクラスが違う私に、三井君との接点は同じ学校だということだとか同じ学区に住んでいるだとか同い年だとか、そんなものしかなかった。偶然を装って体育館を覗きに行ってきらきらとバスケットボールをしている三井君はとてもかっこよかった。高校に入ってからは親戚がバスケ部に入部したのでそれにこじつけるようにこっそりと大会を見に行っていたが、大会で三井君を見ることはなかった。だからといって弱小部であるバスケ部の日々の練習を覗きに行くなんて恥ずかしいことはできなかった。だってそれはまるでバスケ部に好きな人がいるので応援という名の目の保養、いやストーカーに来ましたと言っているようなものではないか、いや、実際そうなのだけれども3年間こっそりと育んできた片思いという恋心を他人にひけらかす趣味も必要はないのだ。それからもう暫く三井君の姿を見ない日が続いた。クラスが違うのでもともと廊下や昇降口、学年行事でたまぁに見る程度だったがそのときは半年ほど彼の姿を見なかった、ので転校したのか休学したのかはたまた死んだのかとも思った。半年ぶりに見た三井寿は髪の毛がのびていてそれはスポーツマンとしてはまさに死んだようなみてくれになっていた。目も死んでいた。学校にも次第に来なくなり来たら来たで怒鳴ったり殴ったりしているだけだった。バスケをもうやめてしまったんだというのは私でも見ればわかった。それでも私は彼のことをかっこいいと思っていた。つまりずっと一途に好きだったのだ。今思ってもロン毛の三井君はかっこよかった。高校最後のクラス替えでも三井君とは同じクラスになれず、しょぼくれた。赤木や木暮とは同じクラスになったがバスケ部と同じクラスになりたかったわけではないんです神様。三井君と同じクラスになりたかった。しかしまあ学校にもあんまり来ないしカンケーないか、と思った矢先、三井君は断髪してまたバスケットボールを始めた、らしい。赤木が言っていた。「お前もまた大会を見に来ればいいさ」「なんで私がバスケの大会見に行ってること知ってるの」「ビッグ・ジュンと親しげに会話してれば嫌でも目立つだろう」「親戚なの」「にてねーな」「ありがとう」そんな会話をした。
さて、冒頭に戻る。私はそんな大好きな三井寿の得点が一ケタの答案用紙を拾ってしまったのだ。喜ぶべきか否か。それにしてもこの点数はなかなか、すごい。こんな点数のテストを廊下に放置するわけにもいかないだろう、明日の朝には学校中に三井は馬鹿だという噂が広がってしまうかもしれない。いや私は三井君が馬鹿だと思っているわけではない。世間の目からしてだな云々。そんな三井君も好き!明日渡すのも吉。だが私が一晩彼のテストを持っていることもなんだか気持ちが悪い気がする。世間の目からしてだな云々。そうだ、届けに行こう。下駄箱に入れることも簡単だがこんなチャンスは滅多にないのだ。体育館に行けば三井君の練習風景がちらっと見えるはずだ、ちらっとでいい、本当、もう、数年ぶりに三井君の生足だとかうなじだとかが見れるチャンスなわけでシュートの一本や二本でもかましているところが見れたら死んでもいい、幸せだ。その上今日は三井君のテストを拾ったっていうカモフラージュまで用意しているのだ、いや、偶然拾ったのだ。これを使わない手はない。唸れ俺の右手。いざ、体育館へ。
震える膝をぎこちなく動かしようよう辿りついた体育館は大変賑わっていた。体育館を覗きに行くなんて恥ずかしいことだと、それはまるでバスケ部に好きな人がいるので応援という名の目の保養、いやストーカーに来ましたと言っているようなもので、いや、実際そうなのだけれどもこっそりと育んできた片思いという恋心を他人にひけらかす趣味も必要もない、と思っていたのはどうやら私だけだったようで入口には数名の女子たちが「ル・カ・ワ」と繰り返し声援を送っていた。その声援に「どれがルカワ君だろう」と疑問を抱きテストをしっかりと握りながら背伸びをすれば、ちらっと視界に端正な顔が入ってきた。あれがきっとルカワ君だろう。すごいイケメンだ、イケメンで、ひえー、でかい。なんだあの体格は。赤木くらいあるんじゃないのか。しかし私は三井君一筋なんです。三井君は、三井君はと探していると「あれ、名前さん、どうしたの」と木暮が汗をぬぐって話しかけてきた。ここで用件を言ってしまえば私の試合は終了してしまうわけだが用件を言わないのはとても怪しい。どうする、私。ライフカードは「言う」と「言わない」の二枚しか用意できなかったが、怪しまれないようにするためにはどう考えても「言う」のカードをひかざるを得ない。ていうか、木暮、お前そんな簡単に練習抜けていいのか。赤木にどつかれないか。

「れれれれ練習中ごめん。あのぅ、その、ね、三井寿ってバスケ部だったよね」
「三井?うん。そうだけど。呼ぶ?」
「よ、呼ぶ。よろしく」

呼ぶ、呼ぶ、だと。どうしよう、これが私の三井君とのファーストコンタクトになるわけで、うわあ、昼にカレーパンとか食べなきゃよかった。私カレーくさいんじゃね、うわうわ、どうしよう。もっと髪の毛も結んだりお洒落したりすれば、とかグルグル悩んでる間に木暮は三井君のもとにかけていってしまって木暮の変わりに三井君がこっちに向かって走ってきたりして、う、うわー、どうしよう、あ、汗がキラキラしてる。かっこいい。これが乙女フィルターとかいうあれでそれか。「なんか用か」なんて、あー、もう声までかっこいいんですね、知ってたけど。私は至近距離に立つ三井君を、もう恥ずかしくて恥ずかしくて直視できずに「い、やあ、あの、ですね、あの、」とかどもりながら床とアイコンタクトを取りながらおずおずと点数が見えないように二枚折にしたテストを渡した。「俺に?」と快く三井君は受け取ってくれるが、あー、どうしよう、点数見ちゃったんだもんな、怒られるかな殴られるかな、それはそれでもう記念になるんだけど痛いのはやっぱり嫌っていうか。そんな思いから「ててて、て、点数は見てないので!誰にも言わないので!」とか言ってしまったあたり私はどあほうだった。点数見てない癖に何が誰にも言わないだ、と。点数見たのばれたじゃんか、と。おそるおそる頭いっこ分以上違う彼の顔をのぞけばデコピンを一発かまされ「サンキュ」と言われた。三井君はそのまま練習に戻ってしまったが、とてもいい記念になった。神様ありがとう。


20120127
20120507加筆訂正