小説 | ナノ


外装の古さに比べて内装は割と綺麗だった。

「席料は1000円だよ」

あ、お金取られるんだと思っていれば隣の伊角くんがとてもナチュラルに2000円差し出していた。うわー紳士。私は無理して買ったブランドの財布を取り出し伊角くんに1000円押し付けた。彼はいいと突っぱねるけど私にもプライドってもんがあるのでいいよと無理やり彼のズボンのポケットにねじ込んだ。彼は笑いながら「飲み物くらい奢らせて」というけど私はそれも納得できずにいらないと言った。伊角くんは困ったように笑って奥で打とうと席を案内する。私は初めて碁会所なるところに足を運んでいた。

「あれ、伊角プロじゃない?」

ちょうど席に着いたあたりでなんだか店内が騒がしくなってきた。「伊角プロどれ」「ほらあそこ奥」「今年プロになった」「ああ新初段で桑原に勝ったっていう」「花持たせて貰ったんだろ」「将来有望だね」。

「伊角くんって有名なんだ。ああ、プロだもんね」

向かいに座る伊角くんは居心地悪そうに笑った。

「伊角プロ、サインお願いできる?」

そう話しかけてきたおじさんに伊角くんは勿論サインをしてあげる。私にはよくわからない囲碁トークをしながら。手持無沙汰になった私はケータイをいじりながら今月のスケジュールをチェックしてると別のおじさんが姉ちゃんは碁打ちなのかと訪ねてきた。いやあ、私はさっぱりでこれから教えてもらうところだったんですよと言えばもの珍しそうに囲碁について教えてくれた。伊角くんは伊角くんでおじさんに囲まれて私は私でおじさんに囲まれて碁を教えてもらっていた。そんなに居心地も悪くはなく、なんだ都会も悪くねーなと思いながら石を並べた。


20111011