小説 | ナノ


(イルミシリーズのスピンオフっていうかイフっていうか。クラピカとお付き合いしている)




むいむいとボタンを押す指は白くて長くて美しい。

「ねえクラピカ」

ボタンから指を話し顔は上げられ私の方へ向く。

「スマホにしないの?」

クラピカは一瞬だけキョトンとしてそれから笑った。

「なにをいう。私にはこれで十分だ」

そ、そっかー。なぜ?ときかれれば、えーうーんべつに深い意味はないよと答える。だって本当にそんなに対した理由ではないのだ。アプリのパズルゲームでクラピカとフレンドになりたかったりラインでトークしたいだけだったのだ。クラピカにはおまえとそんなもんしなくて十分だよと言われてしまった、ような気さえする。しょぼん。

「おっと生徒会の時間だ」

それでは名前、また明日。振られた手はやっぱり美しい。私も小さく手を振った。ばいばい、と。


ふあー。さむい。赤が基調のタータンチェックのマフラーに首を埋める。
一応これでもクラピカと付き合っているのだ。付き合っているのだ。古いネタだけど大切なことなので二回言っちゃうんだからね。
自分のスマホを見てなんだか悲しくなる。いっそ私もガラケーにすればいいのかな。いや無理。それは無理。進んでしまった文化に慣れてしまったこの頭はもうコイツなしでは生きていけない、そしてクラピカなしでも生きてゆけないのだ。

ブーン。

あ、ライン通知。
ラインをひらけばタイムラインが更新されていた。ポンズ。上野動物園にねぇ。彼氏と。へー。いいですねぇいいですねぇ。へーーー。添付されている写メにはポンズの彼氏とパンダが写っている。コメントは彼氏が一番乗りだった。これよ。私がやりたいのはこれなんだよ。なんていうかさー、クラピカを、私の彼氏がこんなにかっこいいんだよっていうのを、さぁ、自慢したいわけ。くっしゅん。あー、余計寒いわクソが。


翌日、私は見事に風邪をひいたのであった。
まじかよ。バカでも風邪とかひくのかよ。ぶえええ。鼻がつまって辛い。口で呼吸すると口の中が乾く。今日は実技授業ばっかりだからいかなくていいや。ぶえーっくしゅっ!ビスケ先生に連絡、と。風邪ひいちゃったんで休みます今日はマジ風邪です。・°°・(>_<)・°°・。……っと。送信。
やー、あー、ひま。ひまだ。しょうがない、アプリでもやるか。起動。王子様とイケない契約結婚。所謂恋愛シュミレーション。私が選んだのは金髪碧眼でそれこそクラピカに似ているものの性格は全く真逆の強引な俺様王子様だ。クラピカにこんな一面あったら萌え。そんな一心でこのアプリに課金までしている始末オーマイガッ!

「おはよう、具合はどうだ?」

優しい声が聞こえる。
いつの間にか寝ていたようだ。口元のよだれを拭ってケータイを探す。あれ、アプリの彼の声はこんなにもクラピカに似ていただろうか。ケータイを探す。ない。あれ。

「探しているのはコレか」
「く、くらぴか」

私の部屋に居たのは彼氏だった。

「風邪だと聞いたから見舞いにきた。チャイムを鳴らしてもでないから申し訳ないけど初めてこれを使わせてもらった」

そう言ってクラピカがポケットから取り出したのは私の部屋の合鍵だ。春先にクラピカにプレゼントしたがそれっきり今日まで見ることはなかった。うさぎさんの可愛いストラップがついている。

「そしたらコイツが名前の名前を呼んでいるからビックリしたぞ!!」

クラピカは私が探していたケータイを高らかに掲げ怒鳴る。わー!落とさないでよ?!もうっ!!

「合鍵をはじめてクラピカが作ってくれたことがなにより嬉しい。嬉しいんだけど、それ、ケータイ、返してね」

ほーらほーら、いい子だいい子だ!いい子だからこっちおいでー!とベッドの淵から手を伸ばすが、クラピカはケータイを持った腕を高らかに点にあげた。か、かっこいい!spec使えそう!

「いいか、名前。私はお前が漫画やアニメが好きでも構わない。構わないが、所謂スマートフォンの中に男を飼うのは浮気じゃないのか!!!」
「浮気じゃないよ!!!バッカじゃないうおえっゲホゲホゲッうっおえっ!!!!!!ったまイテーなクソッ!!!」

忘れていたけど私は風邪っぴきなのである。叫んだせいで頭が痛い。

「だ、だいじょうぶか名前。プリンとみかんのゼリーを買ってきたぞ。」
「……いらない」
「レトルトだけどお粥も、」
「いらないってば」
「汗をかいただろう。スポーツドリンクも、」
「だからいらないってば!」

クラピカはケータイをおろした。クラピカの後ろには何日生活できるんだろうっていうくらいの、笑っちゃうくらいの食べ物や飲み物がつまった買い物袋があった。罪悪感はある。でも、その袋から溢れるだけの不満が、私にもあるのだ。

「なんで合鍵を今まで使ってくれなかったの?休みの日にデートするのも図書館ばっかり。不満ってわけじゃないけど。放課後デートなんて生徒会生徒会でかぞえるくらいだよね。一人で帰るとき、小学生の男女が手をつないでいるのも妬ましかった。メールだって滅多にしないじゃん。周りのカップルが羨ましかったよ。アプリゲームの男で補おうとするくらい、いいじゃん。ゆるしてよ。それでもクラピカのことが好きなんだよ。負担になりたくないけど、ないから、いいじゃんか、それくらい。だからこんなときに優しくすんな。合鍵なんか使うな。帰れ。帰れ。帰ってよ」

クラピカは泣いていた。

「今のことは忘れて明日からはまた普通にしようね。げほっ」
「……できるわけ、できるわけないだろう。そんなこと、できるわけ、」
「風邪、移ったらいけないでしょう。生徒会長だもん。宿題もあるでしょう。はやく帰らないと、ね」
「…風邪の彼女を置いて帰れるわけ、ないだろう…」
「ヒステリックで嫌いになったら別れるよ」
「……合鍵を使ったら、私はきっとこの部屋に入り浸るだろう。図書館以外に名前と出歩いたら私は羽目を外すだろう。私に幻滅するかもしれない。生徒会なんか滅びればいいと思ったことさえある。冬の日は名前の手を温めながら帰路につく妄想をして帰ったよ。メールをすればキリがない。ずっと名前とコンタクトを取っていたい。でもそれではダメだろう!?だから許せない。アプリゲームの男であっても浮気だろう?そうだろう?許せるわけがないだろう!合鍵だってこんな時だからこそチャンスだとも思った!名前の家に口実をつけて入るチャンスだと!そうしたらどうだ、その男が名前のことを呼んでいるんだぞ!?許せるわけがない」

クラピカは泣いていた。
私も泣いていた。
私たちは堪らずふたりでおいおいと泣いて、クラピカはプリンを、私はみかんゼリーを食べた。久々に喉を抜け胃に入ってくる食べ物はとても優しかった。
クラピカが先に謝った。すまなかったと。それから私もごめんなさいと謝った。

「それでは私はこれで失礼する。本当にすまなかったな。お大事に」
「え!?ちょっとまってこの流れで帰るか普通!?!?」
「帰れと言ったのは名前だろう」
「……ぐうの音も出ん。じゃあこれだけはケリつけようよ」

別れるか別れないか。

「そんなの別れないに決まっているだろう」
「ほ、ほんとに!?ほんとのほんとに!?今日エイプリルフールじゃないからね?」
「名前が私のことが好きで私も名前のことが好きだ。別れる理由なんてないだろう」
「う、う、うえええええええん!」
「どうした!?なぜ泣く!?」
「嬉しい」

クラピカは笑った。私も嬉しいよと、笑った。私の改めて彼氏は結局お粥を作ってから帰ることになった。

「せっかくだからぁ、泊まって行けばいいのにぃ」
「名前はそう見えて女だし、こう見えて私は男なんだ」
「こうみえて……」
「同じ屋根の下で一晩過ごすということはな、私たちはセックスをするぞ」

ひ、ひええ!クラピカからそんなお言葉が出ようとはぞなもし!しかしそれはダメだ!私風邪引いてるし汗かいたしお風呂入ってないし!

「そ、それは、また、日を改めて」
「それでは、お粥を食べたら暖かくして寝るんだぞ。お大事に」

バタン、と扉がしまってガチャリと音がした。また合鍵使ってくれた。ときめき。
はあ、それにしても今日は色んなクラピカの顔が見れて幸せだった。世間が羨むカップル像に一歩近づけた気がする。ね、そう思うよね、ダーリン!と思いながらスマホに触れた瞬間だった。ガチャリ。鍵が開いた。こわい!と思いながら布団に潜った。布団の隙間から扉を確認すると、そこには息を切らしたクラピカがいた。え、やっぱり私今日脱処女ですか!?と、思いきや「そういえばうやむやになってしまったが、あのアプリゲームはアンインストールしたんだろうな?」と言った。

「う、うん?いま、ちょうど消そうと思ってたとこ……とこ……」

ばいばい、ダーリン。今までありがとう。




20131231